出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語17-2-111922/04如意宝珠辰 顕幽交通王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
比治山近辺平助の家
あらすじ
 お節が幽界へ旅立とうと四辻へ行くと、羽化登仙した岩公達五人の副守護神が待ち伏せて地獄へ誘う。彼らは「平助にも憑依して帰幽させた」と言う。
 そこへ、青彦がやって来て五人を霊縛し、「早く現界へ帰れ」と言う。お節は、「五人も現界へ帰してやれないか」と言うが、青彦は「五人は副守護神の鬼で、本守護神は真名井ケ原で豊国姫の側で御用をしている」という。そして、青彦は五人の副守護神を救い、五人は天に昇る。
 幽界で青彦と別れたら、現界でお節は気が付いた。お節は、それから数日で全快した。何日かして黒姫、夏彦、常彦がお楢の家に来るが、お節は、「ウラナイ教は嫌いだ、三五教が良い」と話を聞かない。お楢もウラナイ教は信じない。
 黒姫はしつこく勧誘するが、その黒姫の話を聞いているうちに、夏彦と常彦が「ウラナイ教をやめる」と言い出す。そこへ、三五教の青彦が表れる。黒姫は青彦を翻意させようとするが、青彦、夏彦、常彦はお楢の家に入り戸を閉めてしまう。あきらめた黒姫は帰っていった。
 お楢が青彦に「お節の婿になってくれ」と頼むが、青彦は「悦子姫達に許可を得てからでなくては」と返事をしない。青彦は、夏彦と常彦を連れて鬼ケ城へ急ぐ。
名称
青彦 櫟公? 岩公? お節 お楢 鬼虎? 鬼彦? 勘公? 黒姫 常彦 夏彦
悪魔 音彦 鬼の霊 加米彦 素盞鳴神 高姫 高山彦 天人 豊国姫 和魂 副守護神 本守護神 亡霊 亡者 魔神 悦子姫
天の羽衣 ウラナイ教 鬼ケ城 階級制度 神言 現界 言霊 丹波村 地獄 バラモン教 比治山 比治山峠 フサの国 筆先 真名井ケ原 民衆運動 幽界 霊縛
 
本文    文字数=23690

第一一章 顕幽交通〔六二二〕

 空ドンヨリと、灰色の雲に包まれ、血腥さき風吹き荒む萱野ケ原を、痩た女の一人旅、三五教の宣伝歌を幽かに歌ひながら、心ほそぼそ進み来る。凩すさぶ辻堂の側に立寄り眺むれば、堂の後の戸を開き、現はれ出でたる雲突くばかりの裸体の男、歯をガチガチ言はせながら、
『オーお節か、よう出て来やがつた。比治山峠で赤裸になつた俺達を附け込み、四足扱をしやがつた事を覚えて居るだらう。俺はその時に癪に障り……エー谷底へ老爺も婆アも貴様も一緒に放り込みてやらうと思うては見たが、また思ひ直し、神様が怖ろしうなつて、忍耐へてやつた。間もなく肉体は寒さに凍え、血は動かなくなつて、已むを得ず、厭な冥土へ出て来たのだ。貴様のために死ンだのではないが、あまり貴様たち親子が業託を言やがるので、むかついた、その時の妄念が今に遺つてこの通り、貴様等親子三人の生命を取つてやらうと思ひ、五人の霊が四辻に待ち伏せて、お前達親子の者を地獄へ落してやらうと待つて居るのだ。サア此処へ来たのは運の尽き、首をひき千切つて恨みを晴らしてやらう』
お節『これはこれは皆さま、お腹が立つたでせう。しかしながら頑固な爺の申した事、決して、妾があなた方を虐待したのではありませぬ。妾は櫟サンが負はしてくれいとおつしやつたので負うて貰つただけの事、どうか勘弁して下さいませ』
岩公『エーソンナ勘弁が出来るやうな霊なら、コンナ地獄の八丁目にブラついてるものかい、此処はどこぢやと思うて居る、善悪の標準も無ければ、慈悲も情も無い、怨みと嫉みの荒野ケ原ぢや。エーグヅグヅ吐すな。オイオイ皆の者、此奴を叩き延ばせ、手足を引きむしれツ』
 お節は進退惟谷まり、声を限りに、
『どなたか来て下さいなア。どうぞ繊弱き妾をお助け下さいませ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』
と一生懸命に念じ居る。この場に忽然と現はれた一人の色の青白い優男、いきなり五人の裸男に向ひ、大麻を左右左に打振れば、裸男は、
『ヤア、飛ンでも無い奴が出て来やがつた。オイ勘公、櫟公、岩公、鬼虎、……鬼彦に続けツ』
と一生懸命に逃げ行かむとする。一人の男五人に向ひ『ウン』と霊縛を加へたるに、五人は足を踏ン張つたまま、化石のやうになつてしまひ、目を剥き、舌をニヨロニヨロと出し、涙を滝の如く流してふるえ居る。
男『ホーあなたは丹波村のお節さまぢや有りませぬか。どうしてコンナ所へ踏ン迷うてお出でなさいました。私は三五教の青彦と申す宣伝使でございます。大神様の命により、鬼ケ城の魔神に対し、言霊戦に出かけて居る最中でございますが、あなたが、惟神霊幸倍坐世とおつしやつた声に曳かされ、体が引きつけられるやうに、此処へ飛ンで来ました。サアサ、コンナ所に居つては大変です。早く現界へお帰りなさい』
お節『あなたは噂に聞いた三五教の青彦さまでございますか。あなたもまた幽界へ何時お越し遊ばしたの……』
青彦『イエイエ私の肉体は唯今、悦子姫様、加米彦、音彦等と共に大活動をやつて居ります。一寸肉体の休息の隙間に、和魂がやつて来たのですよ』
お節『アア左様でございますか。危ない所をお助け下さいまして有難うございます。しかしあの五人の裸さまを助けて上げて下さいナ』
青彦『アアお節さま、感心だ、あれだけ酷い目に会ひかけて居つた亡者を、助けてやつてくれいとおつしやるのか。その心なればこそ、再び現界へ帰る事が出来ますよ』
お節『あの五人の方も現界へ返して上げる訳にゆけませぬか』
青彦『あれは駄目ですよ。五人の男の本守護神は、既に立派な天人となつて昇天し、天の羽衣を身に着けて、真名井ケ原の豊国姫様のお側にご用をして居りますよ。彼奴はああ見えても、副守護神の鬼の霊だから、幽界でモウちつと業を曝し、瞋恚の心を消滅させねば、浮かぶ事は出来ない。しかしながら霊縛は解いてやりませう』
 青彦は五人に向ひ、声も涼しく、
青彦『一二三四五六七八九十百千万』
と数歌を二回繰返せば、五人の裸男は身体元の如くなり、青彦が前に犬突這となり、
五人『コレはコレは青彦様、よう助けて下さいました。結構な神歌をお聞かせ下さいましてこれで私の修羅の妄執もサラリと解けました。この後は決して決してお節さまの肉体に祟りは致しませぬ。私もこれから結構な神となりて、神界に救はれます』
と涙を垂らして泣き入るにぞ、青彦は、
『アヽ結構だ。お前達は私と一緒に祝詞を奏上しなさい』
鬼『有難うございます。オイオイ皆の連中、青彦の宣伝使について、祝詞をあげませうかい』
 茲に青彦は神言を奏上し始めた。お節を始め五人の裸男は、両手を合せ、青彦と共に神言を奏上し終るや、五人の姿は見る見る麗しき牡丹のやうな花と変じ、暖かき風に吹かれて、フワリフワリと、天上高く姿を隠したりける。
青彦『サアお節どの、あなたもお帰りなさい。また現界でお目にかかりませう』
と言葉を残し、青彦は麗しき光玉となりて、南方の天に姿を隠した。お節は今まで苦しかりし身体俄に爽快を覚え、えも言はれぬ音楽の響聞ゆると見る間に正気づき、四辺を見れば、婆アのお楢が枕許に坐つて、お節の手をシツカと握り締め、泣き居たりける。
お節『お婆アさまではございませぬか』
お楢『ヤアお節、気が付いたか、嬉しい嬉しい。これと云ふも、全く神様のお蔭、ウラナイ教の黒姫といふ婆アがやつて来て、筆先とやらを読みて聞かし、宣伝歌とやらを唄ふが最後、お前の病気は漸々と悪くなり、到頭縡切れてしまひ、妾も気が気でならず、また気を取り直し、真名井ケ原の豊国姫の神様、素盞嗚神様を一生懸命に念じて居ました。さうすると、段々冷たうなつて居たお前の体に温みが出来て来、青白い顔は追々に赤味を増し、細い息をしだすかと見れば、お蔭で物を言ふやうになつてくれた。アヽ有難い有難い、真名井ケ原に現はれませる大神様……』
と婆アは嬉し泣きに泣き入りぬ。お節は日一日と快方に向い、四五日過ぎて、炊事万端の手伝ひを健々しく立働かるるまでになり、モウ二三日経てば、婆アさまと共に、真名井ケ原の宝座にお礼参詣をなさむと、親子相談の最中、門の戸を押開けて、中を覗き込む二三人の人影有り、よく見れば黒姫、夏彦、常彦の三人なりける。
黒姫『ヤアお婆アさま、何故、娘が全快したら、御礼参詣に出て来ぬのだい』
お楢『お前は黒姫ぢやないか。お節の病気を癒してやるなぞと、偉相な頬桁を叩きよつて、どうぢやつたい。長たらしい訳の分らぬ筆先とやら云ふものを勿体振つて読み、その上に若い娘の口から千遍歌とか、万遍歌とかいふものを耳が痛いほど囀つて、娘は見る見る様子が悪うなるばつかり、虫の息になつて、何時死ぬか知れぬと云ふ所を見済まし、神界に御用が有るの何のと言つてコソコソと逃げたぢやないか、あまり偉相な事を言ふものぢやないワイ。矢張り、ウラナイ教の神は、ガラクタ神の、貧乏神の、死神の、腰抜け神ぢや。モウモウ死ンだつて、ウラナイ教を信仰するものかい。……エーエ汚らはしい、病神、早う、帰りてくれ帰りてくれ。折角快うなつたお節がまた悪なると困る。サア早う早う、帰りたり帰りたり』
黒姫『コレコレ婆アさま、お前ソレヤ大変な取違ぢや。妾が御祈念をしてやつたお蔭で助かつたのぢやないか。その時にはチツと悪うても……悪うなるのが、快うなる兆ぢや。峠を一つ越えるのにも、苦しい目をして、登り詰めたら、後は降り坂ぢや。何時までも、蛇の生殺のやうに、お節ドンを苦しめて置くのは可哀相ぢやから、この黒姫が神力で峠まで送つてやつたから、そのお蔭でお節さまが危ない生命を助かつたのぢやないか。生命を助けて貰うて小言を云ふと、また罰が当らうぞい』
お楢『巧い事言ふない、ソンナ瞞しを喰ふやうな婆アぢやないぞ。あンまり甘う見て貰うまいかイ。若い時は鬼娘のお楢とまで言はれた、酢いも甘いも、人の心の奥底まで、一目見たら知つて居るこのお楢ぢやぞえ』
黒姫『婆アさま、お前チツと逆上せて居るのぢやないかいナ。マアよう気を落ち着けて、妾の言ふ事を一通り聞いて下されや』
お楢『アア五月蠅いツ、聞かぬ聞かぬ。トツトと帰りて下され。…お節ウ、箒を貸し………あの婆アを掃き出してやるのだ。黒いとも、白いとも分らぬやうな面をしやがつて、力も無い癖に、口先で誤魔化さうと思うても、ソンナ事に誤魔化されるお楢婆アぢやないぞや』
黒姫『お楢さま、よう聞いて下さいや。時計が一つ潰れても、根本から直さうと思へば、一旦中の機械をスツパリ解体してしまひ、それから修繕をせねば、完全に直るものぢやない。恰度大病になるとその通りぢや。お節さまの体の中の機械を、神様が一遍引き抜いて、更に組立てて下さつたのぢや。訳を知らぬ素人は、時計の機械を解体するとバラバラになるものだから、その時計が以前より悪うなつたやうに思うて怒るものぢやが、一旦バラバラにしなくては完全な修繕は出来ぬやうなもので、大病になるとスツカリ機械の入れ替を、神様がなさるのぢや。その時はチツト容態が悪うなるのは当然ぢや。そこをお前さまが眺めて、却て悪うなつたやうに思つて居るのが根本の間違ぢや。悪うなつたお蔭で、今のやうなピンピンした体になつたのぢや。罰の当つた………何を叱言を云ふのぢやい。ウラナイ教の神様に、お節さまも一緒に御礼を申しなされ』
お節『黒姫さまとやら、御親切におつしやつて下さいますが、妾はどう考へても、ウラナイ教は虫が好きませぬ。ウの字を聞いても、頭が痛うなります。それよりも三五教の青彦さまと云ふ宣伝使に、半日なりと御説教が聴かして欲しいワイナ』
黒姫『三五教の青彦と云ふ奴は、妾の弟子ぢや。彼奴は妾の片腕ぢやが、この頃三五教へ間者となつて妾が入れておいたのぢや。青彦が偉いならその大将の妾は尚の事、神徳が沢山有る筈ぢや。サアサアま一遍拝みてあげよう』
 お楢、お節、一時に、
『イヤイヤ一時も早う帰つて下さい』
黒姫『ハヽヽヽ、盲と云ふ者は仕方の無いものぢや。何程現当利益を神様がお見せなさつても、お神徳をお神徳と思はぬ盲聾にかけたら、取り付く島も有つたものぢやない。……コレコレ夏彦、常彦、お前チツと言はぬかいなア。唖か何ぞのやうに、この黒姫ばつかりに骨を折らして、知らぬ顔の半兵衛をきめ込むとは、何の態ぢや。チト確りしなさらぬか』
夏彦『誰に説教をしてよいか、サツパリ見当が取れませぬワイ』
黒姫『見当が取れぬとは、ソラ何を言ふのぢや。折角お神徳を貰うたこの家の娘のお節や、お楢婆アさまを捉まへて、言向和せと云ふのぢやないか。何をグヅグヅして居なさる』
常彦『私は最前から、両方の話を、中立地帯に身を置いて、観望して居れば、どうやら黒姫さまの方が、道理が間違つとるやうな気が致しますので、お気の毒で、あなたに恥をかかす訳にもゆかず、沈黙を守つて居る方が、双方の安全だと思つて扣へて居りました』
黒姫『エー二人共訳の分らぬ代物ぢやなア』
夏彦『神の裏には裏があり、奥には奥が有る位ならば、耳が蛸になるほど聞いて居りますワイ。今までは何でも彼でも、あなたのおつしやる通り盲従して来ましたが、今日のやうに民衆運動が盛ンになつて来ては、今迄のやうな厳格な階級制度は駄目ですよ。今日のウラナイ教で、あなたの言ふ事を本当に信じ、本当に実行する者は、高山彦さまタツタ一人、また高山彦さまの命令に服従する者は、黒姫さまタツタ一人と云ふ今日のウラナイ教の形勢、何でも彼でも盲従して居ると、同僚の奴に馬鹿にしられますワイ。私も今日限りお暇を頂きます。……お前さまと手を切つた上は、師匠でもなければ弟子でもない。アカの他人も同様ぢや。吾々二人は、今のお言葉で、心の底から愛想が尽きました。どうぞ御免下さいませ』
黒姫『ソレヤ、夏彦、常彦、藪から棒を突出したやうに、何を言ふのだい。暇をくれなら、やらぬ事もないが、今迄の黒姫とは違ひますぞゑ。勿体なくも高山彦の命の奥方、女と思ひ侮つての雑言無礼、容赦は致さぬぞや』
 かく争ふ所へ、宣伝歌を謡ひながら入り来たるは、青彦なりける。黒姫は青彦を見るなり、胸倉をグツと取り、
『コレヤお前は青彦ぢやないか。何の事ぢや。結構なウラナイ教を棄てて、嘘で固めた三五教の宣伝使になりよつて、わし達の邪魔ばつかりして居るぢやないか。サア改心すれば良いし、グヅグヅ言ひなさると、女ながらも、鍛へあげたるこの腕が承知をしませぬぞや』
青彦『アハヽヽヽ、アヽお前は黒姫さまか。老い年して居つて、良い加減に我を折りなさつたらどうぢや。棺桶へ片足突つ込みて居りながら、千年も万年も活るやうに、何時まではしやぐのぢや。チツと年と相談をして見たらよからうに』
 夏、常二人は拍手して、
『ヒヤヒヤ、青彦の宣伝使、シツカリやり給へ』
黒姫『コラ夏彦、常彦、何の事ぢや。悪人の青彦に加担すると云ふ事があるものか、お前は気が狂うたか、血迷うたのか』
常彦『只今まではウラナイ教の身内の者、只今縁を断つた以上は、三五教にならうと、バラモン教にならうと、常彦の勝手ぢや。ナア夏彦、さうぢやないか』
夏彦『オウさうともさうとも、……モシモシ青彦さま、あなたも元はウラナイ教のお方ぢやつたさうですなア。私は矢張りウラナイ教ぢや。しかしながらあまりこの婆アの言心行が一致せないので、誰も彼れも愛想を尽かし、晨に一人、夕に三人と、各自に後足で砂をかけて、脱退する者ばつかり、私も疾うから、ウラナイ教は面白くないから、三五教になりたいと思つて、朝夕念じて居りましたが、一旦黒姫や高姫に瞞されて、一生懸命に三五教の神様の悪口を広告れて歩いたものだから、今更閾が高うて、三五教に兜を脱ぐ訳にも行かないし、宙ブラリで困つて居りました。どうぞ青彦さま私等二人の境遇を御推察の上、どうぞよろしく御執り成しをお願申します』
青彦『ハアよろしい承知致しました。御安心なされ。……オイ黒姫、人の胸倉を取りよつて何の態ぢや。放さぬかい』
黒姫『寝ても起きても、お前の事ばつかり思うて居るのぢや。大事のお前を三五教に取られたと思へば、残念で残念で堪らぬワイ。常彦や夏彦のガラクタとは違うて、お前はチツト見込があると思うて居つた。今はウラナイ教も追々改良して、三五教以上の結構な教が立ち、御神力も赫灼だから、どうぢや一つ、元の巣へ返つて、黒姫と一緒に活動する気はないか』
夏彦『モシモシ青彦さま、嘘だ嘘だ。改良所か、日に日に改悪するばつかりだ。この間もフサの国から、ゲホウのやうな頭をした高山彦と云ふ男が出て来て、黒姫の婿になり、天下を吾物顔に振れ舞ふものだから、誰れもかれも愛想をつかし、毎日日日脱退者は踵を接すると云ふ有様、四天王の一人と呼ばれた吾々でさへも、愛想が尽きたのだ。黒姫の口車に乗らぬやうにして下さい』
黒姫『コラ夏、常、要らぬ事を言ふない。貴様ア厭なら厭で、勝手に退いたらよい。人の事まで構ふ権利があるか。……サア青彦、返答はどうぢやな。返答聞くまで、仮令死ンでも、この腕がむしれても放しやせぬぞ』
青彦『エー執念深い婆アだナア。放さな放さぬで良いワ』
と云ふより早く、赤裸になつた。黒姫は着物ばかりを握つて、
『誰が何と言うても放すものかい。……ヤア何時の間にやら、スブ抜けを喰はしよつたナ、エーコンナ皮ばつかり掴みて居つても、なにもならぬ。忌ま忌ましい』
と言ひつつ着物を大地に投げつけるを夏彦は手早く拾ひあげ、常彦、青彦諸共にお節の家に飛び込み、中からピシヤリと戸を閉め、錠をおろしたり。黒姫は唯一人門口に取り残され、ブツブツつぶやきながら、比治山の方を指してスゴスゴと帰り行く。
お楢『ヤアヤアお前さまは、青彦さまか。よう来て下さつた。こないだの晩に泊つて貰はうと思つて居つたのに、泊つて欲しい人は泊つてくれず、厭な奴ばつかりノソノソと泊り、執念深い……死ンでからも爺ドンの生命を取りに来、また聞けば、お節の生命まで亡霊となつて狙ひよつたさうぢや。お前さまが夢に現はれて、悪魔を改心させ娘を助けて下さつた夢を見たら、その日から不思議にも、お節が段々と快くなり、婆アも、お節も、毎日日日、青彦さま青彦さまと真名井の神様よりも尊敬して居りました。よう来て下さつた。サアサアむさくるしいが、ズーツと奥へお通り下され。……そこの二人は黒姫の弟子ではないか、エーエー黒姫の身内ぢやと思へば何だか気持が悪い。二人のお方は折角ながら、トツトと帰りて下され』
青彦『お婆アさま、私も元は黒姫の弟子になつて居りましたが、あまりの身勝手な奴だから、愛想が尽きて三五教に籍を変へ、御神徳を戴いて今は御覧の通り、宣伝使になりました。この二人は、今日只今まで、常彦、夏彦と云うて、黒姫の四天王とまで謂はれて居つた豪者だが、この二人も私のやうに、愛想をつかし、今此家の門口で師弟の縁を断り私の友達になつたのだから、さう気強い事を言はずに、大事にしてあげて下さい』
お楢『アアさうかいナさうかいナ。それとは知らずに偉い失礼な事を申しました。……コレコレお節、何恥かしさうにして居るのぢや。早うお客さまにお茶でも汲まぬかいナ』
 お節は袖に顔を包み、稍俯むき気味になつて、
『これはこれは青彦様、よう来て下さいました』
と言つた限、俯伏になり震ひ居る。
お楢『アーア若い者と云ふ者は、仕方の無いものぢや。……モシモシ青彦さま、婆アの頼みぢやが、不束な娘で、お気には入りますまいが、どうぞお節の婿になつて下され。これが婆アの一生の頼みぢや。……コレコレお節、お前も頼まぬかいナ』
お節『………』
常彦『ナアーンと偉いローマンスを見せて頂きました。ナア夏彦、この間は高山彦と黒姫のお安うない所を拝観さして貰ひ、今日はまた一層濃厚なローマンスを目の前にブラ下げられて、……イヤもうお芽出たい事ぢや。……青彦さま、一杯奢りなされや』
青彦『お婆アさま、私のやうな破れ宣伝使に大事の娘様の婿になつてくれいとおつしやるのは、有難うございますが、私は今悦子姫様の御命令によりて、鬼ケ城の言霊戦に出陣せねばなりませぬ。また私一量見ではゆきませぬから、悦子姫様や、音彦さまのお許しを得て、ご返辞を致します。それまでどうぞ待つて下さいませ。……かういふ内にも心が急けます。悦子姫様が、青彦はどこへ行つただらうと、お尋ね遊ばしてござるに違ひない。肝腎要の場合、女の愛にひかされてコンナ所へ舞ひ戻つて来たと思はれてはなりませぬから、ともかく御返辞は後に致しませう。左様なれば……御機嫌よう……お婆アさま、お節どの』
と言ひすてて門口へ急ぎ出でむとするをお楢は、
『どうぞ、お節の事を忘れて下さるなや』
常彦『モシモシ青彦さま、どうぞ私も鬼ケ城へ連れて行つて下さい』
夏彦『私も、どうぞ、お伴をさして下さい』
青彦『悦子姫様の意見を聞かねば、何ともお答は出来かねますが、御都合が好ければ、私と一緒に参りませう』
二人『どうぞよろしうお頼み申す。……婆アさま、お節さま、偉いお邪魔を致しました。御縁が有ればまたお目にかかりませう』
お楢『左様なら……』
お節『御機嫌よう……』
と青彦はこの家を後に、心いそいそ南を指して二人を伴ひ、韋駄天走りに走り行く。

(大正一一・四・二二 旧三・二六 松村真澄録)



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