出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語16-3-191922/04如意宝珠卯 文珠如来王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
黒姫の家 文殊の切戸
あらすじ
 黒姫は青彦と音彦達に向かって説く。「人間は肉体の宝も必要。素盞嗚の教えは易きを捨てて難きにつこうとするもの。三五教は艮の金神の教えを樹てている顔をしているが、本当は素盞嗚の教えが九分九厘。だから、変性男子の系統の高姫を力と頼み、艮の金神の教えを守るのだ。」
 一行は、黒姫の家を出て、魔窟ケ原を越え、文殊の切戸までやってきてお堂で夜を明かす。音彦は、「自分は、フサの国の北山村にあるウラナイ教の本部でウラナイ教にもぐり込み、黒姫に付いて自転倒島まで来た」と話す。加米彦は「実は、自分は、音彦によって三五教の道を教えられ、フサの国で宣伝をしていたが、バラモン教の圧迫によって、月の国、西蔵、蒙古と流れてきて、天の真名井で遭難して由良の港に漂着したところを秋山彦に助けられて門番をしていた」と語る。鬼虎は不寝番を買って出るが、夢を見てしまう。夢の中で、文殊菩薩が現れ、愛の告白をする。しかし、それは鬼虎の背後にいた日の出神に対する告白で、鬼虎は自分に対する告白と取り違え、肘鉄を食わされる。鬼虎は、怒って文殊菩薩を殴ると、実は悦子姫を殴っていた。
 そんなところへ、一行の目の前に大火光が落ちた。
名称
青彦 市公 岩公 音彦 鬼虎 鬼彦 加米彦 勘公 黒姫 悦子姫
秋山彦 悪魔 悪霊 在原の業平 蠑リ別 艮の金神 鬼 鬼雲彦 鬼武彦 木の花姫の生宮 邪教 素盞鳴尊 高姫 天地の神 天の御三体の大神 捕手 日の出神 日の出神の生宮! 変性男子 魔我彦 瑞霊 弥勒 文殊菩薩 竜宮の乙姫の生宮 竜神
天津祝詞 天の橋立 天の真名井 伊吹山 ウラナイ教 大江山 大江山の城 自転倒島 大峠 惟神 北山村 言霊 三途の川 体主霊従 西蔵 地金 月の国 バラモン教 フサの国 魔窟ケ原 真名井ケ原 五六七神政 蒙古 文殊の切戸 由良の港 竜燈松 霊主体従 霊縛 桶伏山
 
本文    文字数=33649

第一九章 文珠如来〔六〇九〕

 ヤンチヤ婆アの黒姫は、性来の聞かぬ気を極度に発揮し、青彦、音彦その他に向つて舌端黒煙を吐き、一人も残さず紅蓮の焔に焼き尽さむと凄じき勢なり。
黒姫『コレコレ、最前から其処に、男とも、女とも、訳の分らぬ風をして居る三五教の宣伝使、良い加減にこの世に暇乞ひをしても悦子姫の阿婆擦れ女、沢山の荒男を引きつれて、女王気取りで、傲然と構へてござるが、チトこの婆アが天地の根本の道理を噛みて啣めるやうに言ひ聞かしてやるから、ソンナ蓑笠をスツパリと脱いで、此処へござれ、滅多にウラナイ教のために悪いやうな事は申さぬ。問ふは当座の恥、知らぬは末代の恥だ、この山の中で結構な神徳を戴いて、また都会へ出たら、自分が発明したやうに、宣伝使面を提げて歩かうとままぢや。何でも聴いて置けば損は往かぬ。サアサア婆アの渋茶でも呑みて、トツクリと身魂の洗濯をしなされ。チツトこの頃はお前も顔色が悪い。この黒姫が脈を執つて上げよう。……どうやら浮中沈、七五三の脈膊が混乱して居るやうぢや、今の間に療養せぬと、丸気違になつてしまふぜ。今でさへも半気違ぢや。神霊注射をやつてあげようか。それが利かなくば、モルヒネ注射でもしてやらうかい。サアサア トツトと前へ来なさい』
悦子姫『それはそれは、何から何まで御心を附けられまして、御親切有難うございます』
黒姫『有難いか、ウラナイ教は親切なものだらう。頭の先から足の爪先、神経系統から運動機関は申すに及ばず、食道、消化機関から生殖器、何から何まで、チヤンと気をつけて、根本から説き明かし、病の根を断る重宝な教ぢや。お前も神経中枢に多少異状があると見えて、三五教の木花姫の生宮のやうに、女だてら、男の風采をして、男を同伴つて、そこら中を歩きまはすのは、普通ではない。このまま放つとくと、巣鴨行をせなければならぬかも知れやしない。………サアサアこの黒姫は耆婆扁鵲も跣足で逃げると云ふ義理堅い義婆ぢや。世間の奴は訳も知らずに、黒姫を何の彼のと申すけれども、燕雀何ンぞ大鵬の志を知らむやだ。三千世界の立替立直しの根本を探ると云ふ、大望なウラナイ教を、三五教の宣伝使位に分つて堪るものか。お前が此処へ来たのも、みなウラナイ教を守護し給ふ、尊き大神様の御引合せぢや。躓く石も縁の端と言つて、世界には道を歩いて居ると、沢山な石が転がつて居る。その幾十万とも知れぬ石の中に、躓く石と云つたら、僅に一つか二つ位なものだよ。これも因縁が無ければ蹴躓く事も出来なければ、蹴躓かれる事も出来やしない。同じ時代に生れ、同じお土の上に居つても、コンナ結構なウラナイ教を知らずに、三五教にとぼけて一生を送るやうな事は本当に詰らぬぢやないか。何事も神様のお引合せ、惟神の御摂理、縁あればこそ、かうしてお前はこの山の奥に踏み迷ひ……イヤイヤ神様に引つ張られて来たのだ。決して決して黒姫の我で云うと思つたら量見が違ひますデ、竜宮の乙姫さまがおつしやるのだ。今迄永らく海の底のお住居で、沢山の宝を海の底に蓄へて居られたのぢやが、今度艮の金神様が世にお上りなさるに就て、物質的の宝よりも、誠の宝が良いと云つて、五六七神政成就のために、惜しげも無く綺麗サツパリと、艮の金神さまに御渡しなされると云ふ段取りぢや。しかし人間は誠の宝も結構ぢやが、肉体の有る限り、家も建てねばならず、着物も着ねばならず、美味いものも食はねばならず、あいさには酒もチヨツピリ飲みたいと云ふ代物だから、形のある宝も必要ぢや。三五教の奴は「この世の宝は、錆び、腐り、焼け、溺れ、朽果つる宝だ、無形の宝を神の国に積め」なぞと、水の中で屁を放いたやうな屁理屈を言つて、世界の奴を誤魔化して居るが、お前等も大方その部類だらう……イヤその通り宣伝して歩くのだらう。……よう考へて見なされ。お前だつて食はず飲まずに、内的生活ばかり主張して居つて、堂して神の道の宣伝に歩行けるか。これほど分り切つた現実の道理を無視すると云ふ教はヤツパリ邪教ぢや。瑞霊の吐す事は、概して皆コンナものだ。言ふべくして行ふ可らざる教が何になるものか。体主霊従と霊主体従の正中を言ふのが当世ぢや。当世に合ぬやうな教をしたつて誰が聴くものか。神の清き御心に合むとすれば、暗黒なる世の人の心に合ず、俗悪世界の人の心に合むとすれば、神の心に叶はず……なぞと訳の分り切つた小理屈を、素盞嗚尊の馬鹿神が囀りよつて、易きを棄て難きに就かむとする、迂遠極まる盲信教だから、根つから、葉つから、羽が生えぬのぢや。ウラナイ教はかう見えても、今は雌伏時代ぢや。軍備を充実した上で、捲土重来、回天動地の大活動を演じ、それこそ開いた口が塞がらぬ、牛の糞が天下を取る、アンナ者がコンナ者になると云ふ仕組の奥の手を現はして、天の御三体の大神様にお目にかける、艮の金神の仕組ぢや。三五教は艮の金神の教を樹てとるやうな顔して居るが、本当は素盞嗚尊の教が九分九厘ぢや。黒姫はそれがズンとモウ気に喰はぬので、変性男子の系統の肉体の、日の出神の生宮を力と頼み、竜宮の乙姫さまの生宮となつて、外国の行方を、隅から隅まで調べあげて、今度の天の岩戸開に、千騎一騎の大活動をするのぢや。お前も、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、名はどうでもよい、お三体の大神様と艮の金神様の御用を聴きさへすればよいのだらう。サアサア今日限り化物のやうな奴の吐す事を、弊履の如く打棄てて、最勝最妙、至貴至尊、無限絶対、無始無終の神徳輝く、ウラナイ教に兜を脱いで、迷夢を醒まし、綺麗サツパリと改心して、ウラナイ教を迷信なされ、悪い事は申しませぬ、ギヤツハヽヽヽ』
悦子姫『ホヽヽヽ、アハヽヽヽ、あのマア黒姫さまの黒い口、……妾のやうな口の端に乳の附いてるやうな者では、到底あなたの舌鋒に向つて太刀打は出来ませぬ。あなたは何時宣伝使にお成りになりましたか、随分円転滑脱、自由自在に布留那の弁、懸河の論説滔々として瀑布の落ちるが如くですナ』
黒姫『定つた事だよ。入信してからまだ十年にはならぬ。それでもこの通りの雄弁家だ、これには素養がある。若い時から諸国を遍歴して、言霊を練習し、唄であらうが、浄瑠璃であらうが、浪花節であらうが、音曲と云ふ音曲は残らず上達して鍛へたのぢや。千変万化、自由自在の口車、十万馬力を掛けた輪転機のやうに、廻転自由自在ぢや、オホヽヽヽ』
加米彦『モシモシ悦子姫さま、コンナ婆アに、何時までも相手になつとると、日が暮れますで、一時も早く真名井ケ原に向ひませうか』
悦子姫『アヽさうだ、折角の尊いお説教を聞かして貰うて、お名残惜しいが、先が急きますから此処らで御免蒙りませうか』
鬼虎『アーア、最前から黙つて聴いて居れば、随分よく囀つたものだ。一寸謂はれを聞けば、根つから葉つから有難いやうだが、執拗う聞けば、向つ腹が立つ……お婆アさま、ゆつくり、膝とも談合、膝坊主でも抱へて、自然に言霊の停電するまで、馬力をかけ、メートルを上げなさい。アリヨース』
黒姫『待つた待つた、大いにアリヨースだ、様子あつてこの婆アは、この魔窟ケ原に仮小屋を拵へ、お前達の来るのを待つて居たのだ。往くと云つたつて、一寸だつて、この婆が、これと睨みたら動かすものか』
鬼虎『まるで蛇のやうな奴ぢやナア。執念深い……何時の間にか、俺達に魅入れよつたのぢやナ』
黒姫『さうぢや、魅を入れたのぢや、お前もチツト身入れて聞いたがよからう、蛇に狙はれた蛙のやうなものぢや、此処をかへると云つたつて、帰る事の出来ぬやうに、チヤーンと霊縛が加へてある。悪霊注射も知らず識らずの間に、チヤアンとやつてしまうた。サア動くなら動いて見よれ』
鬼虎『アハヽヽ、何を吐すのだ。動けぬと云つたつて、俺の体を動かすのは、俺の自由権利だ。……ソレ……どうだ。これでも動かぬのか』
黒姫『それでも動かぬぞ。お前が今晩真名井ケ原に着いて、草臥れて、前後も知らず、寝ンだ時は、ビクとも体を動かぬやうにしてやるワイ』
鬼虎『アハヽヽヽ、大方ソンナ事ぢやろと思うた。……ヤイヤイ黒姫、三五教は起きとる人間を、目の前で霊縛して動けぬやうにするのぢやぞ。一つやつてやらうか、……一二三四五六七八九十百千万……』
黒姫『一二三四五六七八心地よろづウ……ソラ何を言ふのぢや、それぢやから三五教は体主霊従と云ふのぢや。朝から晩まで、算盤はぢくやうに数を数へて、一から十まで千から万まで……取り込む事につけては抜目のない教ぢや。神の道は無形に視、無算に数へ、無声に聞くと云ふのぢやないか、…何ンぢや、小学校の生徒のやうに、一つ二つ三つと勿体らしさうに、……ソンナことは、三つ児でも知つてるワイ。……大きな声を出しよつて、アオウエイぢやの、カコクケキぢやのアタ阿呆らしい、何を吐すのぢやい……白髪を蓬々と生やしよつた大の男が見つともない、桶伏山の上へあがつて、イロハからの勉強ぢやと云ひよつてな、……小学校の生徒が笑うて居るのも知らぬのか、…良い腰抜だなア、それよりも天地根本の大先祖の因縁を知らずに神の教が樹つものか、三五教のやうな阿呆ばつかりならよいが、世の中には三人や五人、目の開いた人間も無いとは謂はれぬ。その時に、昔の昔のサル昔からの因縁を知らずに、どうして教が出来るか、馬鹿も良い加減にしといたがよからう。鎮魂ぢや、暗魂ぢやとか云ひよつて、糞詰りが雪隠へでも行つたやうに、ウンウンと汗をかきよつて、何のザマぢやい、尻の穴が詰つて穴無い教と云ふのか、阿呆らしい、進むばつかりの行方で、尻の締りの出来ぬ素盞嗚尊の紊れた教、何がそれほど有難いのぢや、勿体ないのぢや、サア鎮魂とやらをかけるのなら、懸けて見い、……ソンナ糞垂腰で鎮魂がかかつてたまるかイ。グヅグヅすると、妾の方から、暗魂をかけてやらうか』
加米彦『ヤア時刻が移る、婆アさま、またゆつくりと、後日お目にかかりませう』
黒姫『後日お目にかからうと云つたつて、一寸先は闇の夜ぢや。逢うた時に笠脱げと云ふぢやないか、この笠松の下でスツクリと改心して、宣伝使の笠を脱ぎ、蓑を除り、ウラナイ教に改悪しなさい。一時も早う慢心をせぬと、大峠が出て来た時に助けて貰へぬぞや』
加米彦『アハヽヽヽ、オイ婆アさま、お前さま本気で言つてるのかい、お前の言ふ事は支離滅裂、雲煙模糊、捕捉す可らずだがナア』
黒姫『定つた事だイ、広大無辺の大神の生宮、竜宮の乙姫さまのお宿ぢや、捕捉す可らざるは竜神の本体ぢや、お前達のやうな凡夫が、竜宮の乙姫の尻尾でも捉へようと思ふのが誤りぢや、ギヤツハヽヽヽ』
音彦『アヽこれはこれは、加米彦さま、久し振ぢやつたナア』
加米彦『ヤア聞覚えのある声だが、……その顔はナンダ、真黒けぢやないか、炭焼の爺かと思つて居た、……一体お前は誰だ』
音彦『音彦だよ、北山村よりこの婆アの後に従いて、ドンナ事をしよるかと思つて、ウラナイ教に化け込み伴いて来たのだ。イヤモウ言語道断、表は立派で、中へ這入ると、シヤツチもないものだ、伏見人形のやうに、表ばつかり飾り立てよつて、裏へ這入ればサツパリぢや。腹の中はガラガラぢや。ウラナイ教は侮る可らざる強敵と思つて今日まで細心の注意を怠らなかつたが、噂のやうにない微弱なものぢや、何程高姫や、黒姫が車輪になつても、最早前途は見えて居る。吾々もモウ安心だ。到底歯牙に掛くるに足らない教理だから、わしもお前の後に伴いて、今より三五教の宣伝使と公然名乗つて行く事にしよう。この婆アさまは、どうしても駄目だ。改心の望みが付かぬ、縁なき衆生は済度し難し、……エー可憐相ながら、見殺しかいなア』
黒姫『アーア音彦も可憐相なものだナア。どうぞして誠の事を聞かしてやらうと思ふのに、魂が痺れ切つて居るから、食塩注射位では効験がない哩、アーア気の毒ぢや、いぢらしい者ぢや……それに付けても青彦の奴、可憐相で堪らぬ。……コラコラ青彦モ一遍、直日に見直し聞直し、胸に手を当ててよう省みて、ウラナイ教に救はれると云ふ気はないか。この婆はお前の行先が案じられてならぬワイ』
青彦『アーア、黒姫婆アさま、お前の御親切は有難い、しかしながら、個人としてはその親切を力一杯感謝する、が、主義主張においては、全然反対ぢや、人情を以て真理を曲げる事は出来ぬ、真理は鉄の棒の如きもの、曲げたり、ゆがめたり、折つたりは出来ない、公私の区別は明かにせなくては、信仰の真諦を誤るからナア、……左様なら…御ゆるりと御休みなされませ、私はこれから、悦子姫様のお後を慕ひ、一行花々しく、悪魔の征討に向ひます。ウラナイ教が何程、シヤチになつても、釣鐘に蚊が襲撃するやうなものだ。三五教は穴が無いから大丈夫だ。水も洩らさぬ神の教、御縁が有つたらまたお目にかかりませう』
黒姫『アーア、縁なき衆生は度し難しか、……エー仕方がないワイ………ウラナイ教大明神、叶はぬから霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、……ポンポン』

 魔窟ケ原の黒姫が  伏屋の軒に暇乞ひ
 日は西山に傾いて  附近を陰に包めども
 四方の景色は悦子姫  松吹く風の音彦や
 秋山彦の門番と  身をやつしたる加米彦が
 顔の色さへ青彦を  伴なひ進む九十九折
 鬼の棲処と聞えたる  大江の本城左手に眺め
 鬼彦、鬼虎、岩、市、勘公引連れて  さしも嶮しき坂路を
 喘ぎ喘ぎて登り行く  地は一面の銀世界
 脛を没する雪路を  転けつ転びつ汗水を
 垂らして進む岩戸口  折柄吹き来る雪しばき
 面を向くべき由もなく  笠を翳して下り行く
 夜の帳はおろされて  遠音に響く波の音
 松の響も成相の  空吹き渡る天の原
 天の橋立下に見て  雪路渉る一行は
 勇気日頃に百倍し  気焔万丈止め度なく
 文珠の切戸に着きにけり。  

青彦『アーア、日も暮れたし、前途遼遠、足も良いほど疲労れました。アヽ文珠堂の中へ這入つて一夜を凌ぎ、団子でも噛つて休息致しませうか』
悦子姫『何れもさま方、随分御疲労でせう。青彦さまのおつしやる通り、あのお堂の中で、ともかく休息致しませうか』
 一同この言葉に『オウ』と答へて、急ぎ文珠堂に向つて駆けり行く。
鬼虎『ヤア此処へ来ると、何時やらの事を連想するワイ、恰度今夜のやうな晩ぢやつた。このやうに雪は積つて居らぬので、あたりは真暗がり、鬼雲彦の大将の命令によつて、あの竜灯松の麓へ、悦子姫さま達を召捕に行つた時の事を思へば、全然夢のやうだ。昨日の敵は今日の味方、天が下に敵と云ふ者は無きものぞと、三五教の御教、つくづくと偲ばれます。その時に悦子姫さまに霊縛をかけられた時は、どうせうかと思つた。本当に貴女も随分悪戯好の方でしたなア』
悦子姫『ホヽヽヽヽ』
鬼彦『オイオイ鬼虎、貴様はお二人の中央にドツカリ坐りよつて、良い気になつて居たのだらう』
鬼虎『馬鹿言へ、何が何だか、柔かいものの上に、ぶつ倒れて、気分が悪いの、悪くないのつて、何分正体が分らぬものだから、ホーズの化物が出たかと思つて気が気ぢやなかつたよ、それに就けても、生者必滅会者定離、栄枯盛衰、有為転変の世の中無常迅速の感愈深しだ。飛ぶ鳥も落す勢の鬼雲彦の御大将は、鬼武彦のために伊吹山に遁走し、吾々は四天王と呼ばれ、随分羽振を利かした者だが、変れば替はる世の中だ。あの時の事を思へば、長者と乞食ほどの懸隔がある。三五教の宣伝使の卵になつて悦子姫さまのお供とまで、成り下つたのか、成上がつたのか知らぬが、モ一度、あの時の四天王振が発揮したいやうな気もせぬ事はない。アーア誠の道は結構なものの、辛いものだ。

 あひ見ての後の心に比ぶれば 昔は物を思はざりけり

だ。善悪正邪の区別も知らず、天下を吾物顔に、利己主義の自由行動を採つた時の方が、何程愉快だつたか知れやしない、吁、しかしながら人間は天地の神を畏れねばならぬ、今の苦労は末のためだ。アーア コンナ世迷言はヨウマイ ヨウマイ。神直日大直日に……神様、見直し聞直して下さい。私は今日限り、今迄の繰言を宣り直します。アヽ、惟神霊幸倍坐世』
青彦『因縁と云ふものは妙なものですな、同じこの竜灯の松の下蔭において、捉へようとした宣伝使を師匠と仰いで、お伴をなさるのは、反対に悦子姫様の擒となつたやうなものだ。アハヽヽヽ、吾々も全く三五教の捕虜になつてしまつた。それに就けても、執拗なのは黒姫ぢや、何故あれほど頑固なか知らぬ、どうしても彼奴ア改心が出来ぬと見えますなア』
音彦『到底駄目でせう。私もフサの国の北山のウラナイ教の本山へ、信者となり化け込みて、内の様子を探つて見れば、どれもこれも盲と聾ばつかり、桶屋さまぢやないが、輪変吾善と思つてる奴ばつかり、中にも蠑螈別だの、魔我彦だのと云ふ奴は、素的に頑固な分らぬ屋だ。高姫黒姫と来たら、酢でも蒟蒻でもいく奴ぢやない。どうかして帰順さしたいと思ひ、千辛万苦の結果、黒姫の荷持役とまで漕ぎつけ、遥々と自転倒島まで従いて来て、折に触れ物に接し、チヨイチヨイと注意を与へたが、元来が精神上の盲聾だから、如何ともする事が出来ない。私も加米彦さまに会うたのを限として、此処迄来たのだが、随分ウラナイ教は頑固者の寄合ですよ』
加米彦『フサの国で、あなたが宣伝をして居られた時、酒を飲むな酒を飲むなと厳しい御説教、私はムカついて、お前サンの横面を、七つ八つ擲つた。その時にお前サンは、痛さを堪へて、ニコニコと笑ひ、禁酒の宣伝歌を謡うてござつた、その熱心に感じ、三五教を信じて、村中に弘めて居つた処、バラモン教の捕手の奴等に嗅付けられ、可愛い妻子を捨てて、夜昼なしに、トントントンと東を指して駆出し、月の国まで来て見れば、此処にもバラモン教の勢力盛ンにして、居る事が出来ず、西蔵を越え、蒙古に渡り、天の真名井を横断つて暴風に遭ひ、船は沈み、底の藻屑となつたと思ひきや、気が附けば由良の湊に真裸のまま横たはり、火を焚いて焙られて居た。「アーア世界に鬼は無い、何処の何方か知りませぬが、生命を御助け下さいまして有難う」と御礼を申し見れば秋山彦の御大将、生命を拾つて貰うた恩返しに、門番となり、馬鹿に成りすまし勤めて来たが、人間の身は変れば替はるものぢや、世界は広いやうなものの狭いものぢや。フサの国で、あなたを虐待した私が、またあのやうな破れ小屋でお目にかからうとは神ならぬ身の計り知られぬ人の運命だ…………アヽ惟神霊幸倍坐世、三五教の大神様有難うございます、川の流れと人の行末、何事も皆貴神の御自由でございます。どうぞ前途幸福に、無事神業に参加出来まするやう、特別の御恩寵を垂れさせ給はむ事を偏に希ひ上げ奉ります』
悦子姫『サアサア皆さま、天津祝詞を奏上致しませう』
 一同は『オウ』と答へ、声も涼しく奏上し終る。
悦子姫『サア皆さま、坊主は経が大事、吾々はまた明日が大切だ。ゆつくりとお休みなされませ。妾は皆さまの安眠を守るため、今晩は不寝番を勤めませう』
鬼虎『ヤア滅相な、あなたは吾々一同のためには御大将だ。不寝番はこの鬼虎が仕りませう。どうぞお休み下さいませ』
悦子姫『さうかナ、鬼虎さまに今晩は御苦労にならうか』
と蓑を纒うたまま、静かに横たはる。一同は思ひ思ひに横になり、忽ち鼾声雷の如く四辺の空気を動揺させつつ、華胥の国に入る。鬼虎は不寝番の退屈紛れに雪路をノソノソと歩き出し、何時の間にやら、竜灯の松の根元に着き、ふつと気が付き、
『あゝ此処だ此処だ、悦子姫に霊縛をかけられた古戦場だ。折から火光天を焦して竜灯の松を目蒐けて、ブーンブーンと唸りを立ててやつて来た時の凄じさ、今思つても竦然とするワイ。あれは一体何の火だらう。人のよく言ふ鬼火では有るまいか。鬼虎が居ると思つて、鬼火の奴、握手でもせうと思ひよつたのかナア。霊魂もお肉体もあの時はビリビリのブルブルぢやつた。どうやら空の様子が可笑しいぞ、真黒けの鬼が東北の天に渦巻き始めた。今度こそやつて来よつた位なら、一つ奮戦激闘、正体を見届けてやらねばなるまい。これが宣伝使の肝試しだ。オーイ、オイ、鬼火の奴、鬼虎さまの御出張だ、三五教の俄宣伝使鬼虎の命此処に在り、得体の知れぬ火玉となつて現はれ来る鬼火の命に対面せむ』
とお山の大将俺一人気取になつて、雪の中に呶鳴つて居る。忽ち一道の火光、天の一方に閃き始めた。
『ヤア天晴々々、噂をすれば影とやら、呼ぶより譏れとはこの事だ。鬼虎の言霊は、マアざつとかくの通りぢや。一声風雲を捲き起し、一音天火を喚起す。かうなつては天晴れ一人前のネツトプライス、チヤキチヤキの宣伝使ぢや、イザ来い来れ、天火命、この鬼虎が獅子奮迅の活動振り……イヤサ厳の雄猛び踏み健び御覧に入れむ』
 言下に東北の天に現はれたる火光は、巨大なる火団となりて、中空を掠め、四辺を照し、竜灯の松目蒐けて下り来る。
鬼虎『ヨウ大分に張込みよつたな、この間の奴の事思へば、余程ネオ的だとみえる。容積において、光沢において天下一品だ……否天上一品だ。サアこれから腹帯でもシツカリ締て、捻鉢巻でも致さうかい、腹の帯が緩むとまさかの時に忍耐れぬぞよと、三五教の神様がおつしやつた。サアサア鬼虎さまの肝玉が大きいか、天火の命の火の玉が大きいか、大きさ比べぢや』
 火団は竜灯の松を中心に、円を描き、地上五六尺の所まで下り来り、ブーンブーンと唸りを立て、ジヤイロコンパスのやうに、急速度を以てクルクルと回転し居たり。
鬼虎『ヤイヤイ火の玉、何時までも宙にぶら下がつて居るのは、チツト、ノンセンスだないか、良い加減に正体を現はし、この方さまと握手をしたらどうだい。お前は天の鬼火命、俺は地の鬼虎命だ、天地合体和合一致して、神業に参加せうではないか。これからは火の出の守護になるのだから、貴様のやうな奴は時代に匹敵した代物だ……イヤ無くて叶はぬ人物だ。サアサア早く、天と地との障壁を打破して、開放的にならぬかい。お前と俺と互にハーモニーすれば、ドンナ事でも天下に成らざるなしだ』
 火団は忽ち掻き消す如く、姿を隠しけるが、鬼虎の前に忽然として現はれた白面白衣のうら若き美女、紅の唇を開き、
『ホヽヽヽヽ、お前は鬼虎さまか、ようマア無事で居て下さつたナア』
鬼虎『何ぢやア、見た事も無い、雪ン婆アのやうな真白けの美人に化けよつて、雪に白鷺が下りたやうに、白い処へ白い者、一寸見当の取れぬ代物だナア。俺を知つて居るとは一体どうした訳だ、俺は生れてから、お前のやうな美人に会つた事は一度も無い、何時見て居つたのだ』
『ホヽヽヽヽ、モウ忘れなさつたのかいなア、覚えの悪い此方の人、お前は今から五十六億七千万年のツイ昔、妾が文珠菩薩と現はれて、この切戸に些やかな家を作り、一人住居をして居つた所へ、年も二八の優姿、在原の業平朝臣のやうな、綺麗な顔をして烏帽子直垂で、此処を御通り遊ばしただらう。その時に妾は物書きをして居つたが、何だか香ばしき匂ひがすると思つて、窓から覗けば、絵にあるやうな殿御のお姿、ホヽヽヽヽおお恥し……その一刹那に互に見合す顔と顔、お前の涼しい……彼の時の眼、何百年経つても忘られようか、妾が目の電波は直射的にお前の目に送られた。お前もまた「オウ」とも何とも言はずに、電波を返した……。あの時のローマンスをモウお前は忘れたのかいなア。エーエ変はり易きは殿御の心、桜の花ぢやないが、最早お前の心の枝から、花は嵐に打たれて散つたのかい……、アーア残念や、口惜しや、男心と秋の空、妾は神や仏に心願掛けて、やつと思ひの叶うた時は、時ならぬ顔に紅葉を散らした哩なア、オホヽヽヽ、恥しやなア』
鬼虎『さう言へば、ソンナ気もせぬでも無いやうだ。何分色男に生れたものだから、お門が広いので、スツカリ心の中からお前の記憶を磨滅して居たのだ。必ず必ず気強い男と恨めてくれな。これでも血も有り、涙も有る。物の哀れは百も承知、千も合点だ。サアこれから互に手に手を取かはし、死なば諸共、三途の川や死出の山、蓮の台に一蓮托生、弥勒の代までも楽みませう』
女『ホヽヽヽ、好かぬたらしいお方、誰がオ前のやうな山葵卸のやうな剽男野郎に心中立するものかいナ。妾は今其処に、天から下りてござつた日の出神様にお話をしとるのだよ。良い気になつて、お前が話の横取りをして、色男気取りになつて……可笑しいワ、ホヽヽヽ』
鬼虎『エーツ何の事だ。人を馬鹿にしよるな、まるで夢のやうな話だワイ』
女『ホヽヽヽ、夢になりとも会ひたいと云ふぢやないか。妾のやうな女神を掴まへて、スヰートハートせうとは、身分不相応ですよ。馬は馬連れ、牛は牛連れ、烏の女房はヤツパリ烏ぢや。この雪の降つた白い世界に烏の下りたよな黒い男を、誰がラブする物好があるものか。自惚も程々になさいませ。オツホヽヽヽ、おかしいワ……』
鬼虎『エー馬鹿にするな、俺を何と思つて居る。大江山の鬼雲彦が四天王と呼ばれたる、剛力無双のジヤンヂヤチツクのジヤンジヤ馬、鬼虎さまとは俺の事だよ。繊弱き女の分際として、暴言を吐くにもほどが有る。サアもう量見ならぬ。この蠑螺の壺焼を喰つて斃ばれ』
と力限りに、ウンとばかり擲り付けたり。
悦子姫『アイタタタ…誰だイ、人が休眠みてるのに、……力一杯頭を擲ぐるとはあまりぢやありませぬか』
鬼虎『ヤア、済みませぬ。悦子姫さまでございましたか。ツイ別嬪に翫弄にしられた夢を見まして、力一杯擲つたと思へば、貴女でございましたか。ヤア誠に済まぬ事を致しました。真平御免下さいませ。決して決して、悪気でやつたのぢやございませぬ』
悦子姫『ホヽヽヽ、三五教に這入つても、ヤツパリ美人の事は忘れられませぬなア』
鬼虎『ヤアもう申訳もございませぬ。世の中に女がなくては、人間の種が絶えまする。日の出神も素盞嗚尊も、世界の英雄豪傑は、みな女から生れたのです。

 故郷の穴太の少し上小口 ただぼうぼうと生えし叢

とか申しまして、女位、夢に見ても気分の良い者は有りませぬワ、アハヽヽヽ』
鬼彦『ナヽ何ンぢや、夜の夜中に大きな声で笑ひよつて、良い加減に寝ぬかイ。明日が大事ぢやぞ。貴様は、……今晩私が不寝番を致します……なぞと、怪体な事をぬかすと思つて居たが、悦子姫さまの綺麗な顔を、穴の開くほど覗いて居よつただらう。デレ助だなア』
鬼虎『馬鹿を言ふない。俺は職務忠実に勤める積りで居つたのに、何時の間にか、ウトウト睡魔に襲はれ、竜灯松の下へ行つて別嬪に逢うた夢を見て居つたのぢや。聖人君子でなくてはアンナ愉快な夢は見られないぞ。貴様のやうな身魂の曇つた人間は、到底アンナ夢は末代に一度だつて見られるものかい』
鬼彦『アツハヽヽヽ、その後を聞かして貰はうかい。他人の恋女に岡惚しよつて、色男気取りになつて、肱鉄を喰つた夢を見よつたのだらう。大抵ソンナものだよ、アハヽヽヽ。早く寝ぬかい、夜が明けたらまた、テクつかねばならぬぞ』
 この時天の一方より、今度は真正の火団閃くよと見る間に、竜灯松を目蒐けて、唸りを立て矢を射る如く降り来り、一同の前にズドンと大音響を発し、爆発したり。火光はたちまち、花火の如く四方に散乱し、数百千の小さき火球となつて、地上二三丈ばかりの所を、青、赤、白、紫、各種の色に変じ、蚋の餅搗する如くに浮動飛散し始めたる。その壮観に一同魂を抜かして見惚れ居る。吁、この火光は何神の変化なりしか。

(大正一一・四・一六 旧三・二〇 松村真澄録)



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