出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語15-4-221922/04如意宝珠寅 和と戦王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
神素盞嗚大神の館
あらすじ
 言依別命、玉彦、厳彦、楠彦はウブスナ山脈を通って神素盞嗚大神の館にやってきた。国猛彦が迎えに出て、奥に招かれると、幾代姫と愛子姫が挨拶をした。それから八島主がやって来た。一行が菊子姫に導かれて奥の別室に行くと、亀彦、梅彦、幾代姫、愛子姫が待っていて、晩餐会が催された。
 夕方になると、八十猛がやってきて、「館がバラモンの鬼雲彦や鬼掴に攻撃されていて、多勢に無勢で防戦が困難なので、ビワの湖の逃れ出てコーカス山に忍びたまえ」と言ってくる。しかし、八島主と言依別命、女性達は少しも騒がず、宴会を続ける。亀彦・梅彦が防戦に剣を抜いて出ようとすると止める始末だ。
 八島主は「吾々は敵の攻撃にまかせ無抵抗主義をとるもの、元より勝敗の数は歴然たるものにございますれば、何ほど慌てたところで結果は同じことですよ、まずは刹那心を楽しみましょう。一刻先は分ったものぢゃありませぬよ。」と酒を飲んでいる。
 この場に、鬼雲彦が血糊の付いた槍をしごきながら現れる。八島主は「自分は熊野楠日の神である」ことを告げ、改心を迫るが、鬼雲彦は改心しようとしない。そこで、八島主は鬼雲彦を言霊で霊縛した。
 玉彦、厳彦、楠彦は動けない鬼雲彦に宣伝する。そこへ、八十猛が「日の出神が火の玉と現れて、敵を蹴散らした」と報告する。「敵に負傷者があれば助けなければならない」と玉彦が、血を流して倒れている軍卒を数歌で治してまわった。
 しかし、鬼雲彦ろ鬼掴はもがいているばかりで改心しない。言依別命は「身魂の因縁といふものは争われないものだなア。何ほど結構な教えを聞かしてやったところで、身魂があはねば帰順させることができぬとみえる。人には人の食う食物があり、牛には牛、獅子には獅子、猫には猫、糞虫には糞虫の食糧が惟神的に定まっているように、教えの餌もその通りだとみえる。人間の食うべき食物を牛馬に与えるのはかへって彼等を苦しめるようなものだ。縁なき衆生は済度し難い、悪神は悪神相当の安心をもっているでしょう。何ほど彼等を救うてやりたいと思ってもこれは到底駄目でしょうよ。」と鬼雲彦と鬼掴の霊縛を解いて帰してやった。
名称
愛子姫 幾代姫 厳彦 梅彦 鬼雲彦 鬼掴 亀彦 菊子姫 楠彦 国武彦 言依別命 玉彦 魔軍 八島主 八十猛神
悪神 閻魔 熊野楠日の神! 神軍 神素盞鳴大神 天地の神 日の出神 魔軍
一絃琴 ウブスナ山脈 閻魔の庁 惟神 顕恩郷 現界 コーカス山 言霊 神界 刹那心 高天原 常世の国 バラモン教 ビワの湖 無抵抗主義 霊縛
 
本文    文字数=20083

第二二章 和と戦〔五八九〕

 言依別命は不思議の事より神界を探険し再び正気に立ち復り給ひて、玉彦、厳彦、楠彦諸共に、駒に鞭ちしとしととウブスナ山脈を神素盞嗚大神の御舎指して進み行く。
 山上の御舎は何れも丸木柱を以て造られありぬ。用材は桧、杉、松、樅その他種々の木をあしらひ、余り広からず狭からず何とも言へぬ風流なる草葺の屋根、幾棟となく立ち並び居たり。一行四人は門前に到着し、馬をヒラリと飛び下りて大音声に、
『頼まう頼まう』
と訪なへば、
『応』
と答へて大の男三四人、門を左右にパツと開き、四人の姿を見るより、
『ヨー、これはこれは、よく入らせられました。只今高天原よりの急報により貴使等四人当邸に現はれますと承はりお待ち申して居りました。サアサ御這入り下さいませ、御案内致しませう。私は八十猛の神の長を勤むるもの、国武彦と申すものでございます』
と言ひつつ先に立つてドスンドスンと地響きさせながら奥へ奥へと案内したり。
 本宅と覚しき館の玄関口に佇み、国武彦は、
『アア八島主様、言依別命御一行がお出でになりました』
と言葉終ると共に玄関の襖はサラリと開かれたり。
国武彦『サアサアこれが命様の御本殿でございます、御遠慮なく御上り下さいませ』
と案内する。
『しからば御免』
と一同は奥へ奥へと進み入る。容色麗しき二人の美人この場に現はれしをよくよく見れば愛子姫、幾代姫なりき。
言依別『アア貴神は顕恩郷に坐ませし尊の御娘子、愛子姫、幾代姫様ではござらぬか』
『ハイ、左様でございます、よくマアお越し下さいました』
『妾は仰せの如く幾代姫でございます、どうぞ御悠りと御休息下さいませ。妾の父は天下蒼生のために、ここ十日ばかり以前に館を立ち出で、常世の国さして行くと申して出られました。折角のお訪ねでございまするが父は生憎の不在なれども、妾が兄八島主父の代理として留守を致して居りますれば、どうぞゆるりとお話し下さいますやうに』
言依別『アヽ左様でござるか、これは惜しい事を致した。イヤ先程御父上に地の高天原において拝顔を得ました』
 愛子姫、幾代姫一度に、
『エ、父にお会ひでございましたか、それは何れの地方において』
言依別『ハイ、地の高天原において三十五万年の未来に麗しき御尊顔を拝しました』
『アヽ左様でございましたか、それはそれは都合の好い事でございましたナア。父は何と申しましたか』
言依別『イヤ吾々には未だ現界において尽すべき神務あれば、三十五万年の昔に立ち復り現界的神業を尽せよとの御厳命でございましたよ。イヤもう罪の深い吾々、容易に高天原へ参る事は出来ませぬ』
 玉彦、厳彦、楠彦、三人一度に、
『オー貴女は神様の御娘子でございましたか、私共は言依別の命様の御供致すもの常世の国において生れましたる、はした者にございます。どうぞ以後はお見捨なく御昵懇に御指導を願ひ上げ奉ります』
と慇懃に挨拶する。
『御挨拶は却て痛み入ります、妾は、たらはぬ女の身、何卒御見捨なく何時々々迄も御昵懇に願ひたうございます』
と頭を下ぐる。この時、眼清く眉秀で鼻筋通り口許しまり桃色の顔、鼻下の八字髭及び下顎の垂髯を揉みつつ徐々と入り来り、一行の前に端坐し、叮嚀に会釈しながら、
『私は八島主でございます。貴使は噂に高き言依別の命様、遠路の処遥々よく御越し下さいました。吾父が在しましたならばどれほど喜ぶ事でございませう』
と目を瞬き、そつと涙を拭ふ。一同は何となく八島主の態度につまされて哀れを催し涙の袖を絞り居る。この時菊子姫は二人の侍女を伴ひ、
『御一同様、御飯の用意が出来ました、どうぞ此方へ御越し下さいませ』
と挨拶する。主人側の八島主を始め四人は菊子姫の後に従つて奥の別室に進み入る。別室の入口には亀彦、梅彦、愛子姫、幾代姫の四人が叮嚀に端坐し頭を下げ一行を迎へ居る。ここに一場の晩餐会は催され、果実の酒に心勇み一同は代る代る小声に謡を唄ひ、菊子姫は長袖しとやかに舞曲を演じて興を添へにける。
 日は漸く西に没れて夕暮告ぐる諸鳥の声、淋し気に聞え来たる。時しもあれ、慌しくこの場に現はれたる八十猛の神は、
『八島主の命様に申し上げます、只今バラモンの大棟梁鬼雲彦なるもの、鬼掴を先頭に数多の魔軍を引率し、当館を十重二十重に取囲み雨の如くに矢を射かけ、また決死隊と見えて数百の荒武者男、長剣長槍を閃かしドツとばかりに攻め寄せました。当館の猛将国武彦は館内の味方を残らず寄せ集め、防戦に力を尽して居りますれど、敵の勢刻々に加はり味方は僅かに二十有余人、敵の大軍は衆を恃んで鬨を作り、一の館、二の館、三の館は最早彼等の占領する処となりました。国武彦は群がる敵に長剣を引き抜き立ち向ひ、縦横無尽に斬りたて薙たて防ぎ戦へども、敵は眼に余る大軍、勝敗の数は歴然たるもの、御主人様、此処に居まし候ては御身の一大事、一時も早く裏門より峰伝ひにビワの湖に逃れ出で、コーカス山に忍ばせ給へ、敵は間近く押し寄せました。サアサ早く御用意あれ』
と注進するを、八島主は少も騒がず、
『ホー、汝八十猛の神、よきに取計らへよ、吾は遠来の客を待遇さねばならぬ。汝は国武彦と共に防戦の用意を致すがよからうぞ』
『これは主人様のお言葉ではございまするが、危機一髪のこの場合、左様な呑気な事を申して居られませうか。最早第三の館まで敵に占領され、また国武彦は身に数槍を負ひ苦戦の最中でございます。味方は大半討死致したやうでございます。どうぞ一時も早くお客さまと共にこの場をお逃れ下さいませ』
『アツハヽヽヽ、面白い事が出来たものだ、御父の留守を窺ひ、弱身につけ込む風の神、高が知れたる鬼雲彦の軍勢、仮令百万騎、千万騎一度に攻め来るとも、八島主が一本の指先の力にて、縦横無尽にかけ悩まし一泡吹かせてくれむ、汝は表に駆け向ひ、汝としての力限りを尽せよ。ヤアヤア皆様、敵軍の攻め来り騒ぐ有様を酒の肴と致して、ゆるりと飲みませう、時にとつての一興、何もお慰みでございます。敵の襲来なりと見物して御心を慰め下さいませ』
 言依別命は、
『アツハヽヽヽ、ヤア面白い事が出来ました、もう少し近寄つてくれますれば見物に都合がよろしいが、此処は確か八つ目の御館、まだ四棟も隔てて居りますれば先づ先づ安全地帯、乍然一利あれば一害あり、危険な目に遇はねば面白い事は見られませぬ哩、アハヽヽヽ』
 亀彦、梅彦肩を怒らし臂を張り、顔色物凄く呼吸を喘ませながら、
『これはこれは八島主様、言依別様、お二方は狂気召されたか、この場に臨んで何を悠々と、お酒どころの騒ぎぢやございますまい。サアサ防戦の用意をなさいませ。吾々は生命を的に奮戦致し、攻め来る奴輩を片端より斬りたて薙散らし、一泡吹かせてくれむ』
と言ふより早く長押の長刀、梅彦はおつ取り表へ出でむとす。亀彦は長剣を引き抜き、またもや行かむとす。愛子姫は二人の足にヒラリと綱をかけ後に引いた。行かむとする勢に、力は上半身に満ち下半身は蝉の脱け殻の如くなつた足許を引掛けられ、スツテンドウと座敷の真中にひつくり覆りける。
亀彦『千騎一騎のこの場合、何を悪戯遊ばす、猶予に及ばば御身の一大事、サアサ姫様達は一刻も早く裏門より落ちのびなさい。菊子姫殿、幾代姫殿、サアサア早く早く。吾はこれより表に駆け出し、細腕の続く限り奮戦せむ』
とまたもや起き上り、勢こんで表に行かむとす。
 八島主は悠然として、
『アハヽヽヽ、皆様、敵の騒ぎを見ずとも味方の狂言で沢山でございます哩。ヤアヤア亀彦、梅彦先づ一杯召し上れ』
と盃をつき出す。梅彦はかぶりを振りながら、
『エーエ、またしても気楽な御主人様、ソンナ処でございませうか、サアサ早く逃るか進むか、二つに一つの間髪を入れざる場合でござれば、何れへなりと御覚悟あつてしかるべし』
と言ひ捨てて二人は表を指して韋駄天走りに進み行く。最早敵は第五の館を占領し第六に向はむとする時なりき。
 八十猛の神はまたもや血相を変へて顔面に血を流しながら走り来り、
『申し上げます、最早敵は第六の館に迫りました、勝敗の数は已に決す、一時も早く御落ち延び下さいませ。吾等は生命のつづく限り奮戦し相果つる覚悟でございます』
 八島主は平然として、
『ヤア八十猛か、御苦労であつたのう、先づ、ゆつくり酒でも飲んで働くがよからうよ』
 八十猛は息を喘ませながら、
『ソヽヽヽそれは何を仰しやります、酒どこの騒ぎですか、国家の興亡この瞬間に迫る、酒も喉が通りませぬ』
言依別『アハヽヽヽ、八島主の命様、随分貴使の御家来には勇将猛卒が居りますね、勇将の下に弱卒なし、イヤもう感心致しました』
『イヤ、さう言はれては返す言葉もございませぬ、彼等の周章狼狽の醜態、お目に懸けまして誠に恥入る次第でございます。吾々は敵の攻撃に任せ無抵抗主義をとるもの、元より勝敗の数は歴然たるものにございますれば、何程慌た処で結果は同じ事ですよ、先づは刹那心を楽しみませう。一刻先は分つたものぢやありませぬよ、アヽヽヽ』
 またもや酒をグビリグビリと飲んで居る。日頃狼狽者の玉彦、厳彦、楠彦も神界旅行の経験を得てより何となく心落ち着きしと見え、この騒動を殆んど感知せざるものの如く、悠々として箸をとり、贐の酒に舌鼓を打ち私かに鼻唄を謡つて居る。愛子姫は一絃琴をとり出し声も淑やかに謡ひ出した。
『菊子姫さま、幾代姫さま、貴女一つ舞うて下さいな。遠来の御客様に余り殺風景な処をお目に懸けて済まないから、一つ花やかな処を御覧に入れて下さい、妾が謡ひませう』
 菊子姫、幾代姫は、
『あい』
と答へて仕度にとりかかり淑やかに舞ひ始めたり。表は修羅道の戦ひ。奥の一室は悠々たる春の花見の如く、秋の夜の月見の如く静まりかへつて、笑ひの声屋外に洩れ居たり。
 鬼雲彦は血糊の着いた槍を扱きながら阿修羅王の如くこの場に現はれ来り、
『ヤアかくなる上は最早敵ふまい、サア尋常に切腹致すか、但はこの方が槍の錆にして与らうか、サアサア返答はどうじや』
と息巻いて居る。鬼雲彦に続いて鬼掴はこの場にまたもや現はれ来り、
『さしも豪傑と聞えたる八十猛、国武彦は吾手にかかつて脆くも討死致したれば、最早叶はぬ百年目、サア尋常に切腹致すか、但はこの方が手を下さうか、サア返答致せ』
八島主『アツハヽヽヽ』
言依別『オツホヽヽヽ、何と面白い芸当ではござらぬか、千両役者も跣足で逃げ出します哩、ワツハツハヽヽヽ』
玉彦『ヨー、鬼雲彦の御大将、バラモン教は随分強い方が居ますな、吾々は三五教の宣伝使、いや、とてもとても貴方のお相手は余り馬鹿らしうてなりませぬ哩、アツハツハヽヽヽ』
厳彦『ヤア鉛で造つた仁王のやうに随分立派なスタイルですな、ワツハヽヽヽ』
楠彦『ホー立派な者だ、節くれ立つたり、気張つたり、閻魔の庁からやつて来たお使のやうだ。ヤア酒の肴に面白い事を見せて頂きます哩、ハツハヽヽヽ』
愛子姫『オホヽヽヽ、あの鬼雲彦さまとやらの、立派のお顔わいな、鬼掴サンのあの気張りやう』
『ホヽヽヽ』
 鬼雲彦、座敷の真中に突立ちながら団栗眼をグリグリ回転させ、
『この場に及んで何を吐かす、その方は気が狂うたか、哀れ至極の者だ、ワツハツハヽヽヽ』
と豪傑笑ひをする。鬼雲彦は肩を揺りながらまたもや、
『ワツハヽヽヽ、チエツヘヽヽヽ、心地良やな、バラモン教の運の開け口、この館が手に入るからは、最早三五教は寂滅為楽、扨も扨も、憐れな者だワイ、ワツハヽヽヽ』
と無理に肩をしやくり豪傑笑ひを続けて居る。八島主命は右の食指をヌツと前に突出し、
『ヤア鬼雲彦一同の者共、よつく聞け、両刃の長剣の神の生身魂、熊野楠日の神とは吾事なるぞ、八島主とはこの世を忍ぶ仮の名、サアサア一時も早く改心致すか、返答はどうぢや』
 鬼雲彦、大口開けて高笑ひ、
『ワツハヽヽヽ、吐かしたりな吐かしたりな、この期に及んで何の繰言、引かれ者の小唄とは汝の事、エー面倒だ、片つ端から血祭りに致してくれむ、ヤア者共、之等一座の男女の木つ端武者を討ち滅せよ』
と下知すれば、
『ハツ』
と答えて四方より魔軍の将卒駆け集まり前後左右に詰めかくる。八島主は右手を伸ばし、
『ウン』
と一声、言霊の力に鬼雲彦始め一同は将棋倒しにバタバタとその場に倒れ、身体硬直して石地蔵の如く硬化したり。
八島主『ワツハヽヽヽ』
言依別『ヤア面白い面白い、廃せば良いのに入らぬチヨツカイを出しよつて、この有様は何事だ。サア玉彦、厳彦、楠彦、汝等は彼等に向つて宣伝を致すが良からう』
 三人は、
『ハア』
と答へて起ち上り、バツタリと倒れて身動きもならず苦しめる鬼雲彦、鬼掴の前に突立ち、
『アハヽヽヽ、アヽ愉快な事じや、否気の毒なものだな』
 三人は頸から上の霊縛を解いた。鬼雲彦、鬼掴を始め数多の勇将猛卒は頸ばかり前後左右に振り廻し、何事か頻りに呟いて居る。この時表の方より国武彦、八十猛の両人現はれ来り、
『御主人に申上げます、雲霞の如き大軍に味方は僅二十有余人、暫時は挑み戦ひしが、衆寡敵せず、進退維谷まり味方の敗亡瞬時に迫る折から、天の一方より巨大の火光降り来り、敵の軍中に落下するよと見れば、思ひきや日の出神の宣伝使、数多の神軍を引率して忽然として現はれ、群がる敵に言霊の爆弾を浴びせかけ給へば、敵は獲物を大地に投げ捨て「頭が痛し、胸苦し」と叫びながら残らず大地に打倒れ身体硬直したまま、操り人形の如くに首を打振る可笑しさ、いやもう結構な御神徳を戴きました。ホー此処にも大将株が倒れて居りますね、これはしたり、妙な事もあればあるものでござる哩、アハヽヽヽ』
言依別『吾々は天下無敵主義を標榜するもの、彼等と雖も矢張天地の神の御水火より現はれ出でたる青人草、一人でも悩め苦しむる事は法の許さぬ処、万々一敵軍の中において一人たりとも負傷者あらば助けてやらねばなりますまい』
八島主『御尤もでござる、サア御苦労ながら玉彦様、貴方一人で結構ですから一度敵味方の負傷者の有無を調べて下さい』
 玉彦は、
『承知致しました』
と早くも起つて表へ駆け出し、彼方此方に負傷して血を流し苦しむ軍卒を片つ端から数歌を謡ひながら、残らず癒やし廻りぬ。しかして玉彦は一同の前に声を張り上げて宣伝歌を謡ひ聞かしけるに、何れも歌の耳に入るや、悪の守護神の頭に厳しく応へしと見えて益々苦悶の呻り声高くなり行く。奥の一室には鬼雲彦、鬼掴その他の猛将勇卒に向つて厳彦、楠彦は宣伝歌を宣り聞かしゐる。鬼雲彦はこの歌を聞くより益々苦悶し始め流汗淋漓、青息吐息を吹き立て目を剥き藻掻く可笑しさ。
言依別『どうしても身魂の因縁と言ふものは争はれぬものだナア。何程結構な教を聞してやつた処で、身魂があはねば帰順させる事が出来ぬと見える。人には人の食ふ食物があり、牛には牛、獅子には獅子、猫には猫、糞虫には糞虫の食糧が惟神的に定つてるやうに、教の餌もその通りだと見える。人間の食ふべき食物を牛馬に与ふるのは却て彼等を苦しめるやうなものだ。縁なき衆生は済度し難し、悪神は悪神相当の安心を以て居るでせう、何程彼等を救ふてやりたいと思うてもこれは到底駄目でせうよ、再び敵たはぬやうにして帰して与りませうかい』
八島主『貴使の御説、御尤もでござる。しからば腰より上はしばらく元の硬直状態にして置いて足のみ自由を許して与りませう』
と言ひながら八島主は立ち上り示指をグツと前に差し出し空中に円を描いて、
『半日の間、腰から上は霊縛を加ふ、腰から以下は自由を許す』
との声の下より今迄氷柱の如くなつて居た手足はくの字に曲りムクムクと起つて、首を据ゑたまま、手を垂直したもの、片手を振り上げたもの、種々様々の珍姿怪態の陳列場を開設し、一目散に門外さして先を争ひ逃げ出す。玉彦はこの態を見て吹き出し、
『ヤア此奴は良い工夫だ。オイ数多の魔軍共、これより一日の間、腰より上は霊縛を加へ置く、腰より下は汝等が勝手たるべし、許す』
と云ふ言葉の下に彼等の足は動き出したり。一同は足の自由となりしを幸ひ腰から上は材木のやうにビクともせず、足のみ忙しく門外さしてウンともスンとも得言はず、コソコソとこの場を逃げ去りにけり。

(大正一一・四・四 旧三・八 於錦水亭 北村隆光録)



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