出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語11-1-31922/03霊主体従戌 死生観王仁三郎参照文献検索
キーワード: 永遠の生命
詳細情報:
場面:
クス野ケ原
あらすじ
 高彦は時公に死生観を説く。時公なかなか理解できない。

☆本文Webにあり☆
名称
高彦 時公
東彦? 生魂 石凝姥 梅ケ香姫 天使 分霊 五六七の神 霊魂
ウラル山 神言 現界 底の国 高天原 地獄 根の国 五六七の世 霊界
 
本文    文字数=12004

第三章 死生観〔四七〇〕

 冴え渡る音楽の声、馥郁たる花の香りに包まれて、忽ち時公は精神恍惚とし、天を仰いで声する方を眺めてゐる。
 梅か桜か桃の花か、翩翻として麗しき花瓣は雪の如くに降つて来る。香はますます馨しく、音楽はいよいよ冴え、神に入り妙に徹するばかりなり。
東彦『オー、時さま、目の帳は上つただらう、耳の蓋は取れたであらう。鼻も活返つたであらう』
『ヤアー、豁然として蓮の花の一度にパツと開いたごとき心持になりました』
『これでも私を化物と思ふか』
『化物は化物だが、一寸良い方の化物ですなア。これだけでは時公もトント合点が行きませぬが、最前貴方のおつしやつた、私の何万年とやら前に生て居つたとか云ふ、その訳を聞かして下さい』
東彦『今度は真面目に聞きなさい。人間と云ふものは、神様の水火から生れたものだ。神様は万劫末代生通しだ。その神様の分霊が人間となるのだ。さうして、肉体は人間の容れ物だ。この肉体は神の宮であつて、人間ではないのだ。人間はこの肉体を使つて、神の御子たる働きをせなくてはならぬ。肉体には栄枯盛衰があつて、何時までも花の盛りで居ることは出来ぬ。されどもその本体は生替り死替り、つまり肉体を新しうして、それに這入り、古くなつて用に立たなくなれば、また出直して新しい身体に宿つて来るのだ。人間が死ぬといふことは、別に憂ふべき事でも何でもない。ただ墓場を越えて、もう一つ向ふの新しい肉体へ入れ替ると云ふ事だ。元来神には生死の区別がない、その分霊を享けた人間もまた同様である。死すると云ふ事を、今の人間は非常に厭な事のやうに思ふが、人間の本体としては何ともない事だ』
時公『さうすれば、私は何万年前から生て居つたと云ふ事が、自分に分りさうなものだのにチツとも分りませぬ。貴方のおつしやる通りなら、前の世には何と云ふ者に生れ、何処にどうして居つて、どういう手続きで生れて来たと云ふ事を覚えて居りさうなものです。さうしてそんな結構な事なれば、なぜ今はの際まで、死ぬと云ふことが厭なやうな気がするのでせうか』
東彦『そこが神様の有難いところだ。お前が前の世では、かう云う事をして来た、霊界でこンな結構なことがあつたと云ふ事を記憶して居らうものなら、アヽアヽ、こんな辛い戦ひの世の中に居るよりも、元の霊界へ早く帰りたい、死んだがましだと云ふ気になつて、人生の本分を尽す事が出来ない。総て人間がこの世へ肉体を備へて来たのは、神様のある使命を果すために来たのである。死ぬのが惜いと云ふ心があるのは、つまり一日でもこの世に長く居つて、一つでも余計に神様の御用を勤めさせるために、死を恐れる精神を与へられて居るのだ。実際の事を云へば、現界よりも霊界の方が、いくら楽いか面白いか分つたものでない、いづれ千年先になれば、お前も私も霊界へ這入つて「ヤア、東彦様」「ヤア時様か」「どうして居つた」「お前は何時死んだのか」「さうだつたかね、ホンニホンニ何時やら死んだやうに思ふなア」ナント云つて互に笑ふ事があるのだ』
時公『アヽそンなものですか。そんなら私のやうに、このやうに長生をして罪を作るより、罪を作らん中に、早く死ンだ方が却つて幸福ですなア』
東彦『サア、さう云ふ気になるから、霊界の事を聞かすことが出来ぬのだ。この世ほど結構なとこは無い。一日でも長生をしたいと思うて、その間に人間と生れた本分を尽し、一つでも善いことをなし、神様のために御用を勤めて、もうこれでよいから霊界へ帰れと、天使の御迎ひがあるまでは、勝手気儘にこの世を去る事は出来ぬ。何ほど自分から死にたいと思つても、神が御許しなければ死ぬ事は出来ぬものだ』
時公『一つ尋ねますが、私が子供の時は、西も東も知らなかつた。昔から生通しの神の霊魂であるとすれば、子供の時から、もう少し何もかも分つて居りさうなものだのに、段々と教へられて、追々に智慧がついて来たやうに思ひます。これは一体どう云ふ訳ですか』
東彦『子供の肉体は虚弱だから、それに応ずる程度の魂が宿るのだ。全部本人の霊魂が肉体に移つて働くのは、一人前の身体になつた上の事だ。それまでは少し宛生れ替るのだ』
時公『さうすると人間の本尊は十月も腹に居つて、それから、あと二十年もせぬと、スツカリと生れ替る事が出来ぬのですか』
東彦『マアそンなものだ。しかし何ほど霊界が結構だと云つても、人生の使命を果さず、悪い事を云うたり、悪ばかりを働いて死んだら、決して元の結構な処へは帰る事は出来ぬ。それこそ根の国底の国の、無限の責苦を受るのだ。それだからこの生の間に、一つでも善い事をせなくてはならぬ』
時公『大分に分りました。一遍に教へて貰うと、忘れますから、また少し宛小出しをして下さい』
東彦『サア、行かう、夜の旅は却つて面白いものだ』
時公『エー、終日荒野を歩いて、夜までも歩くとは、チツト勉強が過ぎはしませぬか。日輪様でも夜さりは黒幕を下してお休みだのに、それは余りです』
東彦『夜の旅と云ふ事は寝る事だ。サア、憩うと云ふ事は休むと云ふ事だ、アハヽヽヽヽ。また今晩も茅の褥に肱枕、雲の蒲団でお寝みだ。神の恵の露の御恩を感謝するために、神言を奏上し、宣伝歌を歌つて寝む事としよう』
時公『新しい宣伝歌は根つから存じませぬ。何でもよろしいか』
東彦『先づ私から宣伝歌を唱へるから、お前はお前の言霊に任して歌ふのだ』
と云ひながら東彦は直に立て、

『天と地とは永久に  陰と陽との生通し
 神の水火より生れたる  人は神の子神の宮
 生くるも死ぬるも同じ事  これをば物に譬ふれば
 神の世界は故郷の  恋しき親のゐます家
 この世に生まれた人生は  露の褥の草枕
 旅に出たる旅人の  クス野を辿るが如くなり
 辿り辿りて黄昏に  いづれの家か求めつつ
 これに宿りしその時は  この世を去りし時ぞかし
 一夜の宿を立ち出て  またもや旅をなす時は
 また人間と生れ来て  神の働きなす時ぞ
 生れて一日働いて  死んで一夜をまた休む
 死ぬと云ふのは人の世の  果には非ず生魂の
 重荷下して休む時  神の御前に遊ぶ時
 栄えの花の開く時  歓喜充てる時ぞかし
 またもや神の命令に  神世の宿を立出て
 再び人生の旅をする  旅は憂いもの辛いもの
 辛い中にもまた一つ  都に至る限りなき
 歓喜の花は咲き匂ふ  神の御子たる人の身は
 生れて死んでまた生れ  死んで生れてまた生れ
 死んで生れてまた生れ  どこどこまでも限りなく
 堅磐常盤に栄え行く  常磐の松の美し世の
 五六七の神の太柱  玉の礎搗き固め
 高天原に千木高く  宮居を造る働きは
 神の御子たる人の身の  勤めの中の勤めなり
 嗚呼頼もしき人の旅  嗚呼頼もしき人の身の
 人は神の子神の宮  神と人とは生替り
 死に替りして永久に  五六七の世まで栄え行く
 五六七の世まで栄え行く』  

時公『ヤア、面白い面白い、有難い有難い』
東彦『分つたか』
時公『ハイ、今度は根つから葉つからよう分りました』
東彦『分つたやうな、分らぬやうな答だなア』
時公『分つたやうで分らぬやうなのが神の道、人生の行路です。この先にどんな化物が出るか貴方分つてますか』
東彦『困つた奴だなア』
時公『奥歯に物のコマツタやうな、困らぬやうな事を云ふ奴だ。アハヽヽヽヽ』
東彦『サア、時公、貴様の宣伝歌を聞かう』

時公『災多い世の中に  ヒヨイト生れた時公の
 胸はトキトキ時の間も  死ぬのは恐い怖ろしい
 どうしてこの世に何時までも  死なず老ずに居られよかと
 朝な夕なに案じたが  三五教の宣伝使
 石凝姥や梅ケ香の  姫の命がやつて来て
 穴無い教と云ふ故に  コイツアー死なでもよいワイと
 思つて居たら東彦  人はこの世に生れ来て
 墓に行くのが目的と  聞いたる時の吃驚は
 矢張り墓の穴有教と  力も何も落ち果てた
 一つ目小僧が現れて  一つの穴へ時公を
 連れて行かうと云うた時  アナ怖ろしやアナ恐や
 案内も知らぬ田圃道  草押し分けて来て見れば
 またも一つの化物が  茅の芒の間から
 ヌツと立ちたる恐ろしさ  コイツも矢つ張り化物と
 一目見るより鉄の杖  振つて見せたらヤイ待てと
 掛けたる声は魔か人か  将た化物か何だろと
 胸もドキドキ十木公が  狽へ騒ぐ折からに
 サツト吹き来る木枯の  風より太い唸り声
 虎狼か獅子鬼か  地獄の底を行くやうな
 厭な気持になつた時  天の恵か地の恩か
 耳爽かな音楽は  聞えて花の雨が降り
 心の空も一時に  パツと開いた花蓮
 コイツアー誠の人間と  覚つた時の嬉しさは
 生ても忘れぬ死んだとて  これが忘れてよからうか
 どうぞ一生死なぬやうと  頼む神さま仏さま
 妙見さまもチヨロ臭い  ウラルの山の法螺吹嶽に
 止り玉ふ天狗さまに  一つお願ひ掛巻も
 畏き神の御利益で  人の生死ぬ有様を
 聞いたる時の嬉しさよ  かうなるからは何時にても
 死んでもかまはぬ時さまの  ヤツト覚つた虎の巻
 嬉しい 嬉しい 有難い  ドツコイ ドツコイ ドツコイシヨ』

東彦『アハヽヽヽヽ、オイ時公、ソンナ宣伝歌があるか。宣り直せ宣り直せ』
時公『宣り直したいとは思へども、生憎旅のこととて肝腎要の女房を、連れて来て居らぬので……』
東彦『馬鹿ツ』
時公『馬鹿とはどうです。宣り直したり、宣り直したり』
東彦『宣り直せとは抜け目の無い男だなア』
 夜は深々と更け渡る。烈しき野分に二人は笠を被つて心持よく寝に就きける。

(大正一一・二・二八 旧二・二 岩田久太郎録)



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