出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語07-1-51922/02霊主体従午 日出ケ嶽王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
大台ケ原
あらすじ
 急を知らせたのは豆寅であった。日の出神他三神は豆寅を先頭に岩窟を入り、康代彦は岩戸を開き、真鉄彦は息吹によって大蛇を追い払った。大事忍男神は大台ケ原の守護神となり、石土毘古は岩窟で国家を永遠に守護した。日の出神は、康代彦に大戸日別という名を、真鉄彦に天吹男という名を与えた。三人の宣伝使は大台ケ原を下る。
名称
石巣比売 石土毘古 大事忍男神 日の出神 曲津 真鉄彦 豆寅 康代彦 八岐の大蛇
天吹男 大国治立命 大戸日別 守護神 邪神
ウラル山 大台ケ原 祝詞 日の出ケ嶽 竜宮城
 
本文    文字数=4552

第五章 日出ケ嶽〔三〇五〕

 日の出神、石巣比売、その他二神の前に、息せき切つて現はれきたり、石土毘古の危急を報じたる男は、旧と竜宮城の従属なりし豆寅なりける。
 豆寅はその名のごとく、豆々しく何れの神人にも、よく仕ふる男なり。善悪正邪の区別なく、その旗色の善し悪しを見て、波のごとく漂ふ軽卒なるハシタ者なり。常に神業の妨害のみ不知不識の間になしつつありしが、彼の本心は極めて正直なりける。
 大国治立の大神の御代より、この男の行動を看過し給ひしも、彼が心中には一片の悪意なかりし故なり。諺にも『腐り縄にも取り得あり、棒杭も三年経てば肥料となる』との筆法にて、至仁至愛の神はこれを寛恕し給ひたるなりき。
 この時、豆寅は八岐の大蛇のあまりの暴虐に驚き、石土毘古を虐ぐるを見るに忍びず、驚いて本心に立ちかへり、その妻神の石巣比売に、この危急を報告したるなり。四柱神は豆寅を先頭に、巌窟の奥深く進みいりけるに、隔ての岩戸は堅く閉され一歩も進むこと能はざりしかば、四柱は止むを得ず、岩戸に耳をすりつけて様子を聞き入るに、邪神の囁く声、大蛇の呶鳴る声、石土毘古の怒り声、手にとる如く聞えけり。
 されど、岩戸は堅く閉されて開くこと容易ならざりしが、この時、康代彦は祝詞を奏上し、拳骨を固めて門戸を打ちたたけば、門は意外に脆く左右にサツと開きぬ。日の出神はその勇気を賞し、我が神名の一字を与へて大戸日別と称へしめたまひぬ。
 日の出神を先頭に四柱は、なほも奥深く進み入りぬ。流石に弱き豆寅も、四柱神の勇神猛将の力を藉り、虎の威を藉る狐のごとく、禿げた頭に捻ぢ鉢巻きをしながら、瓢箪を逆様にしたやうな面をヌツと突き出し、真先に進み劫託を並べ、

『こらやいこらやい八岐大蛇  今日は命の正念場
 この方を何と心得る  酒酌め豆寅汗拭け豆寅
 肩もめ豆寅腰うて豆寅  豆な俺ぢやと思ひやがつて
 今まで俺を酷使ひ  大事の大事の秘密まで
 サツパリ明したうつけ者  俺を何ぢやと心得る
 日の出神の一の乾児  その乾児モ一つ乾児また乾児
 そのまた乾児の豆狸  オツトどつこい豆寅の
 俺の頭を知らないか  目玉も光るがよく光る
 俺の頭にや日の出神が  宿つてござるが知らないか
 八岐の大蛇の偉さうに  岩戸の中へと逃げ込ンで
 鳥なき里の蝙蝠か  弱い者虐めの曲津神
 豆寅さまのこの腕で  曲津の神も一掴み
 掴み潰して食てやろか  サアサアサア返答返答』

と、シヤチコ張りゐる。
 大蛇は噴き出し、
『塵に等しきヤクザ共、劫託ひろぐな』
と言ふより早く、鉄拳を堅めてポカリと打てば、豆寅は三つ四つ中空を水車の如く、くるくると廻つて、傍の巌窟に腰を打ちつけ、
『イヽヽヽイツタイ』
と泣き出す。曲津共は此方を目がけて一斉に詰め寄り来たる。
 真鉄彦は真先に進み出で、臍下丹田より息を吹きかくれば、忽ち巌窟の中は狭霧に包まれ、四辺を弁ぜざるに致りぬ。天地も破るるばかりの音聞ゆると共に、巌窟の屋根は落ちて、たちまち天上の青雲あらはれ来り、大蛇は数多の部下を伴ひ、黒雲を捲き起し、西方の天を目がけウラルの山指して一目散に逃げ帰りけり。
 日の出神は真鉄彦に天吹男神といふ名を与へたまひ、自分は東方の山巓に登り、天津日の神に感謝の祝詞を奏上したまひけり。この山を今に日の出ケ嶽とぞいふ。
 大事忍男神は大台ケ原の守護神となり、石土毘古、石巣比売は、この巌窟を住家とし、国土を永遠に守護し玉ふ事となりける。日の出神は大戸日別、天吹男を伴ひ、悠々として大台ケ原山を下り行く。

(大正一一・一・三〇 旧一・三 桜井重雄録)



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