出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語06-8-441922/01霊主体従巳 俄百姓王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
イタリア 御年村
あらすじ
 虎公と田吾作が言い争い、喧嘩になった。二人が立ち去った後の田んぼで、広道別と雲路別天使は村民の田植えを手伝った。二人の宣伝使は田植えの期間中いろいろな田で手伝い、田植えの後の早苗饗祭りに招かれて三五教の教理を説き、この村全体が神の恵みに浴した。
名称
雲路別天使 田吾作 虎公 広道別 杢兵衛

早苗饗祭 天国
 
本文    文字数=5651

第四四章 俄百姓〔二九四〕

 狭田長田、高田窪田に三々五々隊伍を整へ、鋤の後均しする男、声面白く唄ひながら苗を挿す早乙女の姿の勇ましさ。
 二人の宣伝使はこの光景を見てゐたりしが、広道別は開口一番、
『嗚呼立派なものだ。この光景を見ると、まるで天国のやうな思ひがするね。世界中の人間が、かうやつて一生懸命に働かうものなら、世の中に一つも苦情は起りはしない。吾々は宣伝使が辛いと思つてをるが、この百姓の働きを見れば、別にどんな苦労艱難しても足りないやうな心持がする。粒々みな辛苦になつた米を吾々は頂いて、神様や社会の恩に浴し、手厚い保護を受けながら、御道のためだの、国のためだのと云つて、宣伝使面を提げて歩いて居るのは、実にお百姓に対しても、天の神様に対しても、恥かしいやうな気がする。一つ吾々は冥加だ、百姓に頼んで手伝はして貰ひたいものだナア』
 雲路別天使も、
『なるほどそれは結構だ。一つ掛け合つてみようかな』
と覚束なげに首を傾けたりける。
田男甲『アーア、お百姓さまも随分苦しいね。オヽ、吾輩はモヽモウ倦がきた。アー嫌いや』
と溜息をつく。
乙『なンだい。烏の案山子のやうに田の中に立てつて、大きい口開けよつて、欠伸ばかりしよつて、倦がきたなンて、何とぼけてゐるのだい。立てつて夢みる奴があるかい。秋が来りやお米が穫れて結構だが、まだ夏の最中だぞ。泥水なと掬つて、手水でも使へ。貴様のやうに立てつてをると、空の鳶奴が糞引つかけるぞ。案山子野郎奴』
甲『猫の手も人の手なンて、なンぼ忙しいといつて、人間の手を猫の手にしよつて……』
乙『さうだから手水を使へといふのだ。昨日も雨が降るといつて、俺ンとこの三毛が唾をつけては自分の顔をなでて手水使うてをつた。貴様の手は猫で結構だ』
 甲は怒つて、携へ持つた鍬を振り揚げ、泥田を力かぎりびしやつと打ち叩いた。その途端に泥水は乙の顔にどさりとかかつた。乙は怒つて、
『貴様なにをする』
といひながら、またもや鍬を振り揚げて、甲の方めがけてぴしやつと泥田を打つた。泥水は甲の顔に、嫌といふほど飛びかかれば、
甲『オイ、喧嘩か。喧嘩なら俺ら飯より好きだ』
と泥田の中に立つて、両手に唾しながら四股踏み鳴らし、
『サア来い』
と大手を拡げる。乙は負けぬ気になり、
『己れ田吾作見違ひするな。虎も目をふさぎ爪を隠してをれば、猫だと思ひよつて、コラ、この虎はんの腕力を見せてやらう』
といふより早く、節くれだつたり、気張つたり、仁王のやうな瘤だらけの腕を捲つて、泥田の中にて角力をはじめた。数多の百姓は、一時に仕事を止めて、
『オイ、田吾待て待て、喧嘩なら山でせい』
と四方八方より走り寄る。田吾作は一生懸命に逃げ出す。虎は追ひかける。丙は虎の蓑を引つつかみ、
『逃げる奴を追ひかけるに及ばぬ、降参した奴は許せゆるせ』
虎公『杢兵衛の知つたことかい。貴様俯向いて蛙飛ばしが性に合ふてゐらア。俺をなんと心得てをる。丑の年に生れた虎さまだぞ。丑寅の金神さまぢや。相手になつたら祟るぞ』
と眼玉を剥いて呶鳴りつけた。二人の宣伝使は思はず知らず、田の中へ飛び込み、
『マアマア、丑寅の金神さま、どうぞ穏かにお鎮まりを願ひます。私が貴方に代つて御手伝をさして頂きますから、どうぞ貴方はお疲れでせうからしばらくお休みください』
虎公『どこの何者か。百姓のやうなえらい仕事は、どうしてもよう宣伝使、貴様たちは気楽相に「飲めよ騒げよ一寸先ア暗だ」なんぞと吐かして、気楽相に歩く風来者だらう。一遍百姓の辛い味も知つたがよからう。サア、この鍬を貸してやらう、これで泥を均すのだ、判つたか。アヽ俺も休みたいと思つてをつたとこへ、妙な奴が降つてきよつたものだ。オイここに田吾の鍬もあるわ。丁度合うたり、叶うたり、神妙にやつてくれ。御褒美には麦飯の握飯でも、一つや半分は振れ舞つてやるからな』
 二人の宣伝使は何事もただ「ハイハイ」といつて、田植の手伝ひを、汗みどろになつてやつて居た。さうしてその翌日も、その翌々日も田植の済むまで、彼方此方を手伝ひ廻つた。
 この事が百姓仲間に感謝されて、たうとう早苗饗祭まで水田の中の生活を続けたりける。
 早苗饗祭には、田植の無事終了を祝するため村中の老若男女が集まり、団子や餅を搗きて祝ふ。
 この時に二人の宣伝使も招かれてこの席に列し、三五教の教理を説き諭したれば、これがためこの一村は、全部神の恵に浴する事となりける。

(大正一一・一・二四 旧大正一〇・一二・二七 井上留五郎録)



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