出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語05-4-281922/01霊主体従辰 地教山の垂示王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
ヒマラヤ山
あらすじ
 高照姫神の垂示を受けて、各神々は宣教に出発した。祝部神はヒマラヤ山の麓で、ヒマラヤ彦の部下を「三千世界・・」の歌で苦しめた。神人たちは祝部神に打ちかかる。祝部神は被面布をかぶり姿を隠そうとする。天道別命、月照彦神も宣伝歌で加勢した。その時、空から声がして、「ヒマラヤ彦の部下は、高山彦の配下となるべし」という神示が下された。
名称
天道別命 高照姫神 高山彦 高山姫 月照彦神 祝部神 ヒマラヤ彦の部下の神人
悪神 ヒマラヤ彦 ヒマラヤ姫
天の磐船 三千世界 須弥仙山 垂訓 地教山! 天空 天教山 ヒマラヤ山 被面布
 
本文    文字数=4558

第二八章 地教山の垂示〔二二八〕

 ややあつて、高照姫神は以前のごとく、あまたの女性をともなひ祭壇の前に現はれ、神人らに向つて、太き竹を割りたるその内側に、
『朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも
 大地は泥に浸るとも 誠の力は世を救ふ
 誠の力は世を救ふ』
と書きたるを一々手渡しされた。神人らは垂訓を記したる大竹の片割を背に確とくくりつけ、これより諸方を宣伝の旅に出ることとなつた。首途の祝ひとして珍らしき酒肴は持ち出され、女神はここに千秋万歳楽を唱へ、かつ淑やかなる舞曲を奏でて一行の首途を祝したのである。高照姫神は奥殿へ、天道別命一行は門前へ、一歩々々互の影は遠ざかりつつ、ここに嬉しき悲しき別れを告げたのである。祝部神はこの垂示を受取るや否や、酒宴の席に坐するのも憔かしがり、あわてて門前に飛び出し、一目散にヒマラヤ山を、ドンドンドンドンと四辺に地響きを立てながら下つて行く。山麓には数多の神人集まり、

『呑めよ騒げよ一寸先や暗よ
  暗の後には月が出る

 時鳥声は聞けども姿は見せぬ
  姿見せぬは魔か鬼か』

と一生懸命に果実の酒に酔ひ、踊り狂うてゐる。祝部神はこれを聞くと忽ちムツとして、負けず劣らず声を張りあげ、

『三千世界一度に開く梅の花  開いて散りて実を結ぶ
 須弥仙山の時鳥  月日や土や空気なぞ
 深き御恩を忘れるな  この世を救ふ生神は
 天教山にましますぞ  朝日は照るとも曇るとも
 月は盈つとも虧くるとも  大地は泥に浸るとも
 誠の神は世を救ふ  誠の神は世を救ふ』

と反抗的に謡ひはじめた。神人らはこの声を聞くとともに、頭は割るるごとく、胸は引き裂かるるごとき苦痛を感じた。そしてこの言葉を発する神は吾らを苦しむる悪神ならむと云ひながら、四方八方より祝部神にむかつて棍棒、石塊などをもつて攻め囲み、一寸の逃げ道もなきまでに立ちふさがつた。神人らの一行は、ゆるゆるこの山を下りきたり、途中この光景を見てやや思案にくれてゐたが、いづれも一同に、
『三千世界一度に開く梅の花』
と謡ひはじめた。何れの神人も、またもや神々に向つて、
『吾を苦しむる悪神なり』
といひつつ、多数を楯に攻め囲んだ。神人らはたちまち被面布を被りながら、なほも力を籠めてこの歌をうたつた。被面布を被れる神人の姿は、山麓の者の目には止まらず、ただ不快なる声の聞ゆるのみであつた。
 祝部神はこれを見て、われもまた、被面布を被らむとし、あわてて黒色の被面布を顔に当て、一生懸命に、
『三千世界一度に開く梅の花』
を高唱した。命の姿は見えなくなつた。されど黒布のあたりし部分のみは中空にありありと残つてゐた。神人らはその黒布を目がけて打つてかかつた。たちまち中空に声あり、
『ヒマラヤ山は今まで、ヒマラヤ彦、ヒマラヤ姫の管轄なりしも、今は高山彦、高山姫の専管することと神定められたり。汝らヒマラヤ彦の部下なる神人よ、一時も早く天の声に聞け、天の声に目を覚ませ。これよりヒマラヤ山を改めて地教山と称ふべし』
と最も荘重なる声の中空に聞ゆるのであつた。数多の神人はこの声に驚き、いづれも大地に平伏して謝罪した。祝部神は、ここぞと云はぬばかりまた声はりあげて、
『三千世界一度に開く梅の花云々』
と節面白く唱へ出した。神人らは頭をかかへ、耳を押へ目を閉ぢ、
『許せ許せ』
といひつつ四這ひとなつて転げまはる。
 ここに何処よりともなく天の磐船現はれ来り、天道別命その他の一行を乗せ、天空高く東西南北におのおのその姿を隠してしまつた。

(大正一一・一・一〇 旧大正一〇・一二・一三 加藤明子録)



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