出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語04-4-281921/12霊主体従卯 武器制限王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:
常世城
あらすじ
 武装撤去して狐神は稲荷となった。時代が過ぎるに従って、竜族、獅子、虎などでも人間になったものもある。また、白狐は白(もを)す狐の意味で、白い狐ではない。
名称

悪狐 稲荷 宇迦之御魂神 保食神 王仁 大神 大熊 大気津姫神 狐神 巨狼 金毛九尾白面の悪狐 獅子 猛虎 天祖 登由気神 豊受姫神 白狐 御饌津神 八王大神 竜 竜神
神界 体主霊従 高熊山 鎮魂帰神 霊界
 
本文    文字数=5496

第二八章 武器制限〔一七八〕

 神代における神人らの武装撤回は、現代の某会議のごとき、軍艦や潜航艇の噸数を制限する如き不徹底なるものではなく、神人らの肉体上に附着せる天授の武装を一部分、または全部除去することとなりける。太古の竜は厳めしき太刀肌を備へ、かつ鋭利なる利刃のごとき角を、幾本ともなく頭に戴き、敵にたいしてその暴威を揮ふとともに、一方にはこれを護身の要器となし、互ひに争闘を続けゐたりしなり。ゆゑに今回の常世会議において八王大神の提議したる、神人各自の武器の廃止は、神界のためにはもつとも尊重すべき大事業なりける。すなはち竜神はその鋭角を二本に定められ、他は残らず抜き取られ、その厳めしき太刀肌は容赦なく剥ぎ取られて、柔軟なる鱗皮と化せしめられたり。中には角まで全部抜き取られて、今日の蛇のごとく少しも防禦力の無きものになりたるもあり。
 また猛虎や、獅子や、巨狼や、大熊のごときは鋭利なる爪牙を持てる上に、空中飛行自在の羽翼を有し、かつその毛は針のごとく固くして鋭く、実に攻撃防禦ともに極めて完全なりけるが、それをいよいよ一部分の撤回となりて、これらの猛獣の神卒はその針毛を抜かれ、空中飛行にもつとも便なる羽翼を無残にも断たれける。
 また金毛九尾白面の悪狐、その他銀毛や、鉄毛の狐神などは、その鋭利なる固き針毛を全部脱却させられ、そのあとに軟弱なる毛を生ずるのみに止め、その代償として智慧の力を神人に勝劣なきほどまで与へられ、神界の眷属として、忠実に奉仕する役目と定められたり。しかし狐神にも善悪正邪の別ありて、善良なる狐神は白狐として神界の御用を勤め居るは、太古の世より今にいたるも変らざるなり。世には狐神を稲荷の大神と称へて居るもの沢山あれども、稲荷は飯成の意義にして、人間の衣食の元を司りたまふ神の御名なり。
 豊受姫神、登由気神、御饌津神、宇迦之御魂神、保食神、大気津姫神は皆同神に坐しまして、天祖の神業を第一に輔佐したまひたる、もつとも尊き神にして、天の下の蒼生は一人として、この大神の御仁徳に浴せざるもの無し。
 要するに狐神はこの大神の御使にして、五穀の種を口に銜へ世界に持ち運び、諸国の平野に蒔き拡げたる殊勲ある使者なり。世はおひおひに開けて、五穀の種も世界くまなく行きわたりたる以上は、狐神の職務も用なきにいたりければ、大神はこの狐に勝れたる智慧の力を与へて、白狐と命名され、すべての神人に世界の出来事を、精細に調査し進白せしめられにける。ゆゑに白狐とは、神人に世界一切の出来事を白し上げる狐の意味にして、決して毛色の白きゆゑにあらずと知るべし。野狐、悪狐等の風来狐でも、年さへ寄ればその毛色は漸次に白色に変ずるものにして、あたかも人間が貴賤の区別なく、老年になりて頭髪の白くなると同様なり。ゆゑに毛色は、たとへ茶でも、黒でも構はぬ、神界に仕へをる狐を白狐とはいふなり。
 また空中を飛翔する猛鳥にして、立派なる羽翼を有するうへに咽喉の下に大なる毒嚢を持ちゐたるものありしが、これも今回の会議の結果取り除かれたりければ、地上の神人その他の動物は実に安心して日を送り得るに至りたるなり。また海中に棲める魚族や海蛇はいづれも鋭利なる針毛を鯱のごとくに、または針鼠のごとく全身に具備し攻防の用に供しゐたりしを、その針毛をまた除去され、鰭、鱗、牙のみ残されたるなりといふ。
 かくして武装を除去されたる竜族は、漸次に進化して人間と生れ、あるひは神と生るるにいたるものなり。また獅子、虎、豹、熊、狼なぞは、世とともに進化して、人間と変じ、牛馬と生れ、犬猫などと生れ変りたるなり。その中に百獣の王たりし、獅子や虎豹なぞはその身魂の善進したるものは人間と変化したり。ゆゑに人間、ことに或る人種のごときはその容貌いまに獅子や虎、豹などの痕跡を止め居るなり。かかる人種の性質は、いまに太古の精神までも多少遺伝して、人情冷やかく、色食の欲にのみ耽り、体主霊従の行動を取り居るもの多し。
 王仁がかくのごとき説をなす時は、人間を馬鹿にしたといつて怒る人士もあるべし。しかし王仁は元来無学で、人類学なぞ研究したることも無く、ただただ高熊山の神山に使神に導かれて、鎮魂帰神の修業の際、霊感者となり、神界探険の折、霊界にて見聞したる談なれば、その虚実の点については、如何とも答ふる由なきものなり。

(大正一〇・一二・二四 旧一一・二六 出口瑞月)



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