出口王仁三郎 文献検索

リンク用URL http://uro.sblog.jp/kensaku/kihshow.php?KAN=&HEN=&SYOU=&T1=%BB%B3%B2%CF%C1%F0%CC%DA%C3%A4&T2=&T3=&T4=&T5=&T6=&T7=&T8=&CD=2336

原著名出版年月表題作者その他
物語65-5-241923/07山河草木辰 危母玉王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:

あらすじ
未入力
名称


 
本文    文字数=17950

検索語に該当が1つもありません

第二四章 危母玉〔一六八〇〕

 玉国別、真純彦の二人はスーラヤの湖の西岸に着いた時、初稚姫の厳粛なる訓戒によりて、伴ひ来りし三千彦、伊太彦、治道居士その他と別れて、逸早く聖地に進まむと夜を日に継いで旅の疲れも苦にせず、足を早めて漸くエルサレムに程近き、サンカオの里に着いた。此処にはシオン山より流れ来る、ヨルダン河が轟々と水音を立てて流れてゐる。その北岸の細道をスタスタとやつて来ると、俄に一天墨を流した如く黒雲塞がり、えも云はれぬ陰欝の空気が漂うて来た。そしてあたりは森閑として微風一つ吹かず、何ともなしに蒸し暑く身体の各部からねばつた汗が滲んで来る。毒ガスにでもあてられたやうに息苦しくなり、川べりの木蔭に二人は倒れるやうにして腰を卸し、草の根に顔を当てて地中から湧き出づる生気を吸ひ、健康の回復を計つてゐる。これは数十里を隔てた東方の虎熊山が爆発し、折柄の東風に煽られて、毒を含んだ灰煙が谷間の低地へ向つて集まつて来たからである。
 二人は息も絶え絶えになり、小声になつて天の数歌を奏上してゐる。
真純『モシ先生、モウ一息で聖地エルサレムへ到着するといふ間際になつて、俄に天地が暗くなり、斯様に息が苦しく最早堪へ切れないやうになつたのは、何か神様のお気障りがあるのではございますまいか。茲まで来て不幸にして斃れるやうな事があれば、千載の恨でございます。どうあなたはお考へですか』
玉国『ウーン、どうも変だなア、私にも合点がゆかぬ。しかし今日の昼頃に遥東の空に当つて、不思議な響がしたと思へば、それから天が暗くなり、地の上までがこんな空気に包まれてしまつたのだ。大方どこかの火山が爆発したのではあるまいか……とも思はれる。何分この空気は、微細な灰のやうな物が交つてゐる。少時ここでお土に親しみ神様を祈つて体の回復を待つより仕方がない。私も何だか苦しくて、四肢五体がガタガタになつたやうだ。あゝ惟神霊幸倍坐世』
と合掌してゐる。
 かかる所へ、ワンワンワンワンと幽かに遠く犬の鳴声が聞えて来た。この声を聞くと共に両人は夢から醒めたやうに、何となく心持がさえざえして来た。
真純『あ、あの声はスマートぢやございますまいか、どうも聞覚えがあるやうですな。そしてあの声が耳に入ると共に私は俄に気分が冴えて参り、血の循環がよくなつたやうでございますワ』
玉国『ウン成程、私もあの声を聞くと共に元気が回復して来たやうだ。スマートに間違ひない。さうすれば初稚姫さまも近くへお出になつてるとみえる。ハテ嬉しい事だな。しかし吾々二人がかやうな所にへこたれてゐる所を姫様に見つけられたら、大変な恥だから、一つ元気を出して宣伝歌を謡ひ、ボツボツ歩む事にせうか』
真純『左様なれば行けるか行けぬか知りませぬが、ソロソロ歩いてみませう』
と両人は杖を力に立上り、歩まうとすれ共、膝の関節がだるく、且笑ふやうで、どうしても足を運ぶ事が出来なかつた。
 かかる所へ矢を射る如く、東の方より走つて来たのはスマートであつた。スマートは頻に、頭と尾を振つて嬉し相な表情を示し、力一杯大きな声でワンワンと吠立てる。
 玉国別は、
玉国『あゝあなたはスマートさま、よう来て下さつた。定めて初稚姫様も御一所でございませうなア』
と人間に云ふ如く挨拶すると、スマートは玉国別の裾を喰はへて、切りに引張る。
玉国『ハテナ、何か吾々の身に災がかからむとしてゐるのだらう。スマートさまは神のお使だから、サア真純彦、後に従つてどこなつと行かうぢやないか』
真純『ハイさう致しませう』
と云へばスマートは喰はへた裾をはなし、尾を振りながらヨルダン河の北岸なるサンカオの小高き峰を指して登り行く。七八丁も登つたと思ふ所に、目立つて巨大なる橄欖の樹やその他の雑木が山の二合目あたりに、一つの森をなしてゐる。行つて見れば小さい古ぼけた祠が建つてゐる。
玉国『ハテなア、スマートさまが茲へ参拝して行けといふ事だらう。これも何か訳があるに違ひない』
と両人は自然に跪き、天津祝詞を苦しき息の下より、千切れ千切れに奏上した。祠の遥か後方より優しき女の声。

初稚姫『三五教の宣伝使  初稚姫は茲に在り
 スーラヤ湖辺に汝が命  その他の神の御使と
 袂を分ちスマートに  助けられつつ来て見れば
 天に冲する黒煙  ハテ訝かしやと大空を
 眺め居たりし時もあれ  幽かに聞ゆる爆発の
 声諸共に地の上は  不快の邪気に包まれぬ
 これぞ全く虎熊の  山の尾の上の崩壊と
 神の御告げに悟り得て  汝等が身の上案じつつ
 しばし様子を伺へば  天教山の太柱
 木花姫の御詫宣  八大竜王のその一つ
 いよいよ古巣を立出でて  カンラン山を奪はむと
 三千年の蟄伏を  破りて来る怖ろしさ
 意外の教にスマートと  此処に難をば避けながら
 汝が来るを待ちゐたり  三千彦司 治道居士
 伊太彦 デビス、ブラヷーダ  その他の神の御子達は
 何れも無事にましませど  汝等二人の身の上は
 神の御告に悟り得て  危くなりしと聞きしより
 スマートさまを遣はして  ここにお招き申したり
 やがて竜王ヨルダンの  河遡り日向なる
 シオンの山に居を転じ  またも悪逆無道なる
 行為をなして神界の  大経綸を妨害し
 この世を悪魔の世となして  跳梁跋扈なさむとす
 しばらくすればマナスイン  ナーガラシヤーが出で来り
 汝等二人の命をば  奪ひて去らむは目のあたり
 九死一生の危難をば  のがれし汝こそ目出たけれ
 あゝ惟神々々  御霊幸ひましませよ』

と歌ひ終り、二人の前に姿を現はし玉ふた。この時初稚姫はこの社より二三丁も奥の森の中にマナスイン竜王の帰順を祈つてゐたが、容易に効験の現はれ難きを知り、ともかく二人の命を救はむと、神力をこめ、赤裸となつて、サンカオの滝に打たれてゐた。そしてスマートの声を聞いて、二人が無事にこの祠まで着いた事を知り、滝の麓より衣服を着替へて、歌をうたひながら茲へ現はれたのである。
 玉国別は何となく自然におつる涙を拭ひながら、声をかすめて、
玉国『初稚姫様、吾々両人、神徳未だ足らず、殆んど聖地に間もなき地点まで近付きまして、この川べりを通る折しも俄に気分が悪くなり、手足の自由を失ひ、腑甲斐なくも倒れて居りました。何か神様に御無礼をしたので、お叱りを蒙つたのではあるまいかと、両人が私かに案じ煩ひ、お詫を致して居りますと、あなたのお遣し下さいましたこのスマートさまの声が聞えて、俄に元気回復し此処まで誘はれて参りました。貴女のお姿を拝するにつけ、嬉しさと、懐かしさとで、自然に涙がこぼれます。私達をお招き下さつたのは、何か変つた御用ではございますまいか』
初稚『玉国別さま、真純彦さま、よく無事で此処まで来て下さいました。今も私が歌つた通り、マナスイン竜王がゲッセマネの苑を占領し、エデンの花園や黄金山を蹂躙せむと致します故、スマートさまに先へ行つて貰ひ、竜王が占領せないやうにいろいろと守護を致し、あなた方がこの街道を御通りと悟りました故、危難の身に及ばぬ事を虞てお助け申さむと、ここに待つてゐたのでございます。やがてマナスイン竜王は、虎熊山を立出で、いよいよ時節の到来とゲッセマネの苑を占領すべく、山河草木を震憾させながら、進んで来るのですが、ゲッセマネの苑には、到底身を置く所が無いので、この河を遡り、シオン山へ参るでせう。さうすれば巨大な竜体でございますから、あなた方の姿を見れば尾の先の剣にて、一打に致しますは分り切つた事と、此処まで御避難をなさるべく取計つたのです。息のつまるやうな空気が、低地にさまようて居るのは、やがて竜王が登つて来る証拠でございます。竜王の頭の向ふ所は、十里位先まで邪気がただよひますから……間もなく大きな音を立て、竜体が上つて来るでせう』
 玉国別は打驚きながら、
『姫様の御恵は到底言にも尽されませぬ。実に感謝の至りでございます。もしも貴女が居られなかつたならば、吾々は御神業を完全に勤める事が出来なかつたかも知れませぬ』
とまた涙を拭ふ。真純彦は感極まつて一言も発し得ず、俯いて忍び音に泣いてゐる。
 折柄西方より囂々と地響きさせながら、中空に黒雲の旗を立てたやうにピカピカ鱗を光らせ、山の如き怪物が東を指して登り来る。玉国別、真純彦はこの姿を見て、俄に体すくみその場に跪坐んでしまつた。
初稚『お二人様、モウ安心です。竜王が通過致しました。やがて邪気も追々に晴れるでせう』
玉国『ハイ、どうも恐ろしい事でございました。斯様な者がこの聖地の近辺へやつて来るとすれば、埴安彦、埴安姫様の御神業も、並大抵ではございますまいな』
初稚『中々並大抵の御神業ぢやございませぬ。それ故ウバナンダ竜王の玉や、シヤーガラ竜王の玉、並に水晶の三個の玉があなた方のお弟子に神様から渡されてゐるのです。これさへ聖地へ納まらば、いかにマナスイン竜王が聖地を窺へばとて、どうする事も出来ませぬ。この三個の玉には、不思議な神力があります。あなた方のお手にあれば別に不思議も現はれませぬが、これを神様のお手にお渡しになれば、天地を自由自在に動かす事が出来ます。それ故、いかにマナスイン竜王が暴威を振ふとも、如何ともする事が出来ませぬ。真純彦さまは玉を持つてお出ででせうなア』
真純『ハイ、力限り保護致しまして、一個だけは此処まで送つて参りました』
初稚『それは誠に結構でございます。定めて神さまも御喜び遊ばす事でございませう。マナスイン竜王があなたの姿を認めずに過去つたのは、先づ神界のため何ほど結構だか分りませぬ』
真純『同じ玉でも、神さまがお持ちになるのと、吾々が持つのとは働きが違ふのでございますか』
初稚『それは違ひます。霊相応の力より出ぬものでございます。何程宣伝使が神力があると云つても、大神様の御化身には及びませぬからなア』
真純『私が玉を持つてゐたために、さうするとあの川べりにおいて、あんな苦しい、息のつまるやうな目に会うたのですか。つまり玉の威徳に負たやうなものですな。小人玉を抱いて罪あり……とはこんな時の事を云つたのでせう』
初稚『猫に小判、豚に真珠だとか云ふ譬がございましたなア。ホヽヽヽヽ』
と笑ふ。真純彦は頭をかきながら、
真純『さうすると、三千彦や伊太彦が所持してる玉も、ヤツパリ私と同様でございますかな』
初稚『伊太彦さまだつて、三千彦さまだつて同じ事ですワ。結構な玉を懐に持つたと云ふ誇りがありますので、途中においていろいろの苦しい目に会つたり、妨害に出会つたりしてゐられますが、やがてゲッセマネの苑まで参る時には、道は変つてゐますが、一度に会ふ事に神様が仕組んでゐられますから、ゲッセマネの苑まで行けば、スーラヤの湖辺で別れた御連中と無事に面会が出来るでせう』
真純『そんなら姫様、私の懐に預かつて居つて、大切な宝玉を汚してはすみませぬから、どうぞここで貴女に預かつて戴く訳には参りますまいかな』
初稚『それは御免を蒙りたうございます。あなたのお役目ですから、役目以外の事は到底神界から許されませぬ。すべて神さまは順序ですから、順序を誤つては天地の経綸が破れます。そして女が玉を抱けば、玉照姫さまのお母様のやうに、お腹がふくれますから困りますよ。世の中の分らぬ人間から、初稚姫は堕落したとみえて、男が出来たなどと言はれては迷惑ですからなア、ホヽヽヽ』
真純『お玉さまだつて、夫なしに結構なお子さまをお生みになつた例もございます。あなたにお子さまが出来たつて、誰がそんな事思ひませうか。あなたのお肉体は吾々の如き粗製濫造品とは違ひますから、そんな事おつしやらずに御預かり下さいませな。何だか恐ろしうなつて参りました』
初稚『その玉を持つて居りますと、マナスイン竜王がつけ狙ひますから、私は恐ろしうございますワ。玉さへ持つてゐなければ竜王だつて相手にしませぬ。その玉ある故に悪魔が欲しがつて覗ふのですからなア』
真純『ハテ、困つた事だなア。結構な御用をさして頂いたと思ひ、得意になつて今までやつて来たのに、この玉があるために最前のやうな苦しい目に会はねばならぬとは、何と云ふ因果な役を勤めたのだらう』
初稚『そこが霊の因縁ですから、これはどうしても人間の左右する事は出来ないのです。まだ聖地までは余程間がございますから、余程用心なさいませぬと、あなたの懐に玉の光つてるのがマナスイン竜王の目に入らうものなら、それこそ引返して参りますよ。御用心なさいませよ、ホヽヽヽヽ』
真純『モシ先生、どう致しませう。あなたしばらく御預かり下さいますまいか。玉国別さまと名までついてるのですもの。ここまで私が奉持して来たのですから、此処から預かつて下さつてもよいでせう』
玉国『ハヽア、さうするとお前は矢張自己愛におちてゐるのだなア、おれに玉を持たして、竜王の犠牲となし、自分は助かるといふ狡猾い考へだらう。イヤそれでお前の心も分つた。ヨシ、犠牲になつてやらう』
真純『メヽ滅相な、どうしてそんな薄情な事を思ひませう。あなたに持つて頂きたいと申したのは、霊相応だと思つたからです。あなたは私から比ぶれば、幾層倍の御神徳のあるお方、それ故玉の光も一層輝きませうし、あなたがお持ちになれば、竜王も決して覗はないと思つたからです。あなたは初稚姫様に次いでの生神様でございますからなア』
玉国『玉を持たぬ私が、お前の側に居つてさへ、あれだけ竜王の毒気に中てられたぢやないか。到底私のやうな神力の足らぬ者は、玉を預かる資格がないのだ。それだからお前に持つて貰うたぢやないか』
真純『本当に結構な玉の光に位負して、有難迷惑だ。しかしながらこれも御神業だと思へば結構です。それぢや仮令竜王が私を呑まうと構ひませぬ。身命を賭して玉の保護を致し、聖地まで参る事に致しませう』
初稚『サア、どうやら邪気も去つたやうです。あの通り日輪様も拝め出しました。ソロソロ参りませう』

玉国『真純空俄に曇り四方八方は
  黒き真墨のさまとなりぬる』

真純『真すみとは清きたたえにあらずして
  黒き身魂の真墨なりけり。

 今までは力と頼み来りしを
  恐ろしくなりぬこれの真玉は』

初稚『いざさらば貴の聖地に進むべし
  玉国別よ玉守彦よ』

 かく歌ひ了り、三人はスマートに守られて、道々宣伝歌を謡ひながら、ヨルダン河の河辺を伝うて、西へ西へと進み行く。

(大正一二・七・一八 旧六・五 於祥雲閣 松村真澄録)



オニドでるび付原文を読む    オニド霊界物語Web