出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語37-2-91922/10舎身活躍子 牛の糞王仁三郎参照文献検索
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第九章 牛の糞〔一〇二一〕

 斎藤元市氏は大霜天狗の託宣のがらりと外れたのに愛想をつかし、修業場を貸すことを謝絶し、それきり自分の方へは見向きもせなくなつたのみならず、『大先生』と、しばらく崇めてゐた喜楽に『泥狸、ド狸、野天狗、ド気違』と罵り始めた。そして自分の妻の妹のチンコの静子を、中村の修業場から引張帰り、園部の下司熊吉といふ博奕打の稲荷下げをする男の女房にやつてしまつた。十三歳の高子の方は神懸りが面白いので、中村の多田亀の内で修業をして居た。宇一は爺の目を忍んで、そろそろ喜楽の宅へ出入りを始めた。そして神の道を覚束なげに研究してゐた。
 奥山で失敗して帰つてから、五日目の夜さであつた。またもや大霜天狗サンが、五日間の沈黙を破つて、腹の中からグルグルと舞ひ上り、喉元へ来て呶なり始めた。喜楽はヤアまたかと、迷惑してゐると、雷のやうな大きな声で、
大霜『この方は住吉の眷族大霜であるぞよ。男山の眷族小松林の命令によつて、再びここに現はれ、その方に申渡すことがあるから、シツカリ聞くがよいぞ。宇一はしばらく席を遠ざけたがよからう』
 宇一は審神者気取りになり、
宇一『コレ大霜天狗サン、余り人を馬鹿にしなさるな。奥山に金が埋けてあるなんて、ようそんな出放題が言へましたなア、モウこれからお前の云ふことは一言も聞きませぬで……オイ喜楽、チとシツカリせぬといかんぜ。お前の口から言ふのぢやないか、余程気を附けぬと気違になつてしまうぞ。……オイ大霜、これでも神の申すことに二言がないといふか。八十万円なんて駄法螺を吹きやがつて、俺たち親子を馬鹿にしやがつたな』
大霜『八十万円でも八百万円でもその方の心次第で与へてやる。まだ改心が出来ぬから、誠のことが言うてやれぬのだ。金の欲が離れたら幾らでも金を与へてやる』
宇一『金の必要があるから欲しくなるのです。誰だつて必要のない物は欲しいことはありませぬ、欲しくない金なら要りませぬワイ。石瓦も同然だから、金を欲しがらぬ奴には金をやらう、欲しがる奴にはやらぬといふ意地の悪い神がどこにあるか、チツと考へなさい。審神者が気をつけます』
大霜『そんならこれから神も改心して、欲しがる奴にチツとばかり与へてやらう』
宇一『ハイ、私は別に必要はございませぬが、内の爺は先祖からの財産を相場でスツクリ無くしてしまつたものですから、親類からはいろいろ攻撃せられ、あの養子はようしぢやない、わるうしだと人に言はれるのが残念ぢやと悔やんで居ります。余り欲な事は申しませぬから、元の身上になる所まで金を与へてやつて下さい。そしたら爺も喜んで信仰いたします。この頃は大霜サンが喜楽にうつつて騙しやがつたと云つて怒つてゐます。それ故私も爺に内証で、かうして神さまの御用をさして貰はうと勉強して居るのでございます』
大霜『お前は親に似合はぬ殊勝な奴だ、それだけの心掛があらば結構だ。そんならこれから金の所在を本当に知らしてやる、決して疑ふではないぞ。先に騙されたから今度も嘘だらうと、そんな疑を起さうものなら、またもや金銀の入つた財布が牛糞に化けるか知れぬぞ、よいか!』
宇一『決して神さまのお言を始めから疑うて居るのぢやございませぬが、この間のやうに神様から間違はされると、またしても騙されるのぢやないかと、自然に心がひがみまして、一寸ばかり疑が起つて参ります』
大霜『それが大体悪いのだ。綺麗サツパリと改心をいたして、この方の申すことを一から十まで信ずるのだぞ』
宇一『ハイ、一点疑をさし挟みませぬから、お告げを願ひます』
大霜『そんなら言つてやらう、一万両でよいか』
宇一『ハイ、当分一万両あれば、さぞ爺が喜ぶこつてござりませう』
大霜『その一万両をどうする積りだ。天狗の公園を先にするか、自分の目的の相場の方にかかるか、その先決問題からきめておかねば言うてやる事は出来ぬワイ』
宇一『ハイ、そこは神さまにお任せ致します。御命令通りになりますから……』
大霜『そんなら言つてやらう、よつく聞け! 葦野山峠を二町ばかり西へ下りかけた所の道端の叢に、十万円這入つた大きな色の黒い財布がおちてゐる。それは鴻の池の番頭が京都の銀行から取出して、大阪へ帰る途中泥坊の用心にと、ワザと途を転じて葦野山峠を越えた所、泥坊の奴、チヤンと先廻りを致し、葦野山峠に待つてゐた。それとも知らず番頭は、百円札で一千枚都合十万円持つて、葦野山峠をスタスタと登り、夜の十二時頃通つた所を、泥棒が物をも云はず、後からグーイと引つたくり、持つて逃げやうと致すのを、この大天狗が大喝一声……曲者!……と樹の上から呶鳴りつけた所、泥棒は一生懸命に逃げ出す、番頭は生命カラガラ能勢の方面へ逃げて行く。アヽ大切な主人の金を泥棒に取られて、どう申訳があらう、一層池へ身を投げて申訳をせうと、今大きな池のふちにウロウロしてゐる所だ。それをどうぞして助けてやらうと、この方の眷族を間配つて守護致して居るから、先づ今晩は大丈夫だが、何れ彼奴は金が出ない以上は死ぬに違ひない、それ故その方がその金を拾ひ、その筋へ届けたなら規則として一割は貰へるのだ、一割でも一万円になる、サア早く行け!』
宇一『それは何時賊が出ましたのでございますか?』
大霜『今晩の十二時頃に出たのだ』
宇一『一寸待つて下さい、まだ午後五時でございます。日も暮れて居らぬのに、今晩の十二時に賊が出たとは、そら昨夜の間違ひと違ひますか?』
大霜『ナニ今晩に間違ない、神は過去、現在、未来一つに見え透くのだ。先に出て来る事を知らぬやうでは神とは申さぬぞよ。サア早く行け、グヅグヅして居ると番頭の寿命がなくなるばかりか、十万円の金をまた外の奴に拾はれてしまへば、メツタに出て来る例しがない』
宇一『葦野山峠は僅に一里ばかりの所です。今から行きましたら六時には着きます。六時間も待つて居るのですか?』
大霜『オウそうぢや、お前は肉体を持つた現界の人間だ、神界と同じ調子には行かぬワイ、そんなら十二時に賊が出て金を取るのだから、余り早過ぎてもいかず、遅過ぎてもいかぬから、此処を十一時半に立つて行け、そうすれば丁度都合がよからう』
宇一『最前申したやうに決して疑は致しませぬけれど、もし間違つたらどうして下さいますか?』
大霜『間違うと思ふなら行かぬがよかろ、後で不足を聞くのは面倒だから、一層の事喜楽一人行くがよい、一万円の謝金はその方の自由に使うたがよからうぞ』
宇一『もし大霜さま、この間のやうに喜楽だけが行きますと、不結果に了るかも知れませぬ。私も一緒に連らつて行つたらどうですか?』
大霜『それもよからう。それまでに水を三百三十三杯頭からかぶり神言を五十遍上げよ。そうすればこれから丁度十一時半まで時間がかかる、それから行つたがよからう。神はこれから引取るぞよ』
 ドスンと飛上り、畳を響かせ鎮まつてしまつた。宇一は釣瓶に三百三十三杯の水をカブるのは苦痛で堪らず、小さい杓で、一杯の水を三しづくほど酌んで『一つ二つ三つ……』と云つて三百三十三杯かぶる真似をしてゐた。祝詞も神言では長いと云つて、天津祝詞に代へて貰ひ、漸くにして五十遍早口に唱へてしまひ、
宇一『サア喜楽、ソロソロ行かうぢやないか。まだ九時過ぎだが、道々修行したりなんかしもつて行けば、丁度よい時間になるよ。遅いより早いがましだからな』
喜楽『モウおかうかい、おれは何だか本当のやうに思はぬワ。またこの間のやうな目に会はされると馬鹿らしいからな』
宇一『羹物にこりて膾を吹くとはお前の事だ、そう神さまだつて何遍も人を弄びになさる筈がない、疑ふのが一番悪い、何でも唯々諾々としてこれ命維れ従ふと云ふのが、信仰の道だ。そんな事云はずに行かうぢやないか』
喜楽『余り人に分らぬよにしてをつてくれ。もし失策つたらまた次郎松サンに村中触れ歩かれると困るからなア』
 宇一は『ヨシヨシ』と諾きながら、早くも吾茅家を立出でる。喜楽も従いて、田圃路を辿り天川村を右に見て、出山を越え、上佐伯の御霊神社の森に辿りつき、森の杉の木の株に腰を打掛て、夜のボヤボヤした春風を身に浴びながら、眠たいのを無理に辛抱して、時刻の到るのを待つてゐた。
 愈十一時を社務所の時計が打出した。
『アヽモウ十一時だ、早く行かう』
と宇一は先に立つ。喜楽は後からスタスタと険しき葦野山峠を、七八丁ばかり登つて行く。峠の茶屋に山田屋と云ふのがあつた。まだ時刻が早いので、一寸一服して行かうと、戸の隙から中を覗くと、この五六軒よりかない村の若い者が、まだ遊んでゐる。……コリヤ却て都合が悪い……と云ひながら、峠の右側の松林に進み入り、しばらく時刻の到るを待つてゐる間に、二人共グツスリ寝込んでしまつた。
 フツと先に目が開いたのは宇一であつた。
宇一『オイ喜楽、早う起きぬか、今一寸道の方を覗いて居りたら、神さまの云ふたやうに、一人の黒い男が、財布のやうな者を担げて通りよつたぞ。またその後へ二人の男が一町ほど離れて行きよつた。ヤツパリ神様の仰しやる事は違はぬワ。丁度今財布をボツタクられてる所だ。余り早く行くと俺達が泥棒と間違へられて天狗さまに叱られては大変だから、ゆつくりして行かうだないか』
と小さい声で囁く。喜楽の心の中は、八分まで信ぜられない、どうしてもウソのやうな気がする。けれ共二分ばかり何とはなしに希望の糸につながれてるやうな気がした。
 そこで両人は林の中から街道へ下り、峠を二町ばかり降つて見ると、一寸曲り途がある。ここに間違ひないとよく目を光らして見れば、財布のやうなものが黒く落ちてゐる。二人は一イ二ウ三ツでその黒い物に手をかけると、財布と思ふたのは牛の糞の段塚であつた。
 二人は余り馬鹿らしいので、互に何とも云はず、まだ外に落ちてるに違ひないと、汚れた手をそこらの草にこすりつけ拭き取りながらガザリガザリと草の中を捜して見た。ここは常から牛車の一服する場所で、路傍の草原に牛をつなぐため、どこにもかしこにも牛糞だらけである。……コラ此処ではあるまい……とまた一町ばかり降り、そこら中捜してみたが、何一つおちてゐない。念入りに葦野峠の西坂五六丁の間を捜してる間に、夜はガラリと明けてしまつた。宇一は失望落胆の余り、
宇一『オイ喜楽、貴様の神懸りはサツパリ駄目だ。今度は糞を掴ましやがつただないか、クソ忌々しい、もうこんな事は誰にもいふなよ。お前は口が軽いから困る。そして今日限り神懸りは止めようぢやないか』
喜楽『グヅグヅして居ると金の財布が牛糞になると神さまが言ふたぢやないか。モウ仕方がない、これも修業ぢやと思うて諦めようかい』
宇一『サア早く帰なう、誰に出会うか知れやしない。余り見つともよくないから……』
と云ひながら、力なげに両人は穴太へ帰つて来た。
 かくの如くして神さまは天狗を使ひ、自分等の執着を根底より払拭し去り、真の神柱としてやらうと思召し、いろいろと工夫をおこらし下さつたのだと、二十年ほど経つて気がついた。それまでは時々思ひ出して、馬鹿らしくつて堪らなかつたのである。あゝ惟神霊幸倍坐世。

(大正一一・一〇・九 旧八・一九 松村真澄録)



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