出口王仁三郎 文献検索
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原著名 | 出版年月 | 表題 | 作者 | その他 |
大本史料集成 全3巻 | 1982.06(第1巻)、1982.09(第2巻)、1985.08(第3巻 | 歴史 京都出修 | 池田昭・編 | 参照文献検索 |
キーワード: 二次事件裁判 京都出修 |
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本文 文字数=940
問 それから神職の試験に合格して、建勲神社の主典及御嶽教の主事となつたと云ふが、さうか。
答 御嶽教の神宮高利と云ふ人が、御嶽教を監督をして居りまして、「儂の所に主事が居らぬから、今それで内務省へ出すにも、経歴のない者を出す訳にいかぬから、あんた来て呉れ」と云ふから、私は御嶽教へ行つた。
それで月給も倍も呉れると云ふのでしたが、口で言ふばかりでちつとも呉れなかつたのですが、私は仕様がないからあちらで三年程勤めて居つた。さうして、其の間に、宗教界の情勢を調べて居つたのです。
問 何年程掛つたか、三年程か。
答 三年間──本当の年数はまる一年で、十二月から行きまして翌々年の四月頃に帰つて来ました、まる一年以上ですかね。