出口王仁三郎 文献検索
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原著名 | 出版年月 | 表題 | 作者 | その他 |
神の国 | | 歌 | | 参照文献検索 |
キーワード: その他 |
備考: 玉鏡 八幡-P.294 天声-P.259 昭08-09 |
ルビ付き本文: 王仁三郎資料センター |
本文 文字数=1366
歌よむ人には悪人がない。歌よまぬ人は油断がならぬ。唯現代の歌人は力といふものがない。兎角デリケートな心の持主で偏狭で、消極的で、女性的で、嫉妬深い傾向があるが、大本の歌人は御神徳を頂くから力が出て来る。王仁は芸術は宗教の母なりと主張して居るのだ。言霊の幸はふ国、神様は歌を奉るのが、海河山野種々の供物よりも一番お気に入るのである。皆は子の宗教宣伝には熱心であるが、親の芸術を忘れ勝である。これではいけぬ。歌を詠まぬものは如何なる力のある人であらうとも、断じて神業の第一戦〔線〕には立てぬ。其つもりで各自勉強するがよい。忙しい【から】とか、下手だ【から】だとか、上手によめ【たら】だの、其【から】や【たら】が一番いけない。まづくてもだんだん詠んで居ればよく詠めるやうになるものである。神徳は努力の上に加はるのである。
【明光】は月日の光に相応する。月日の光をうけぬものが、どうして神業に使へるものか。また王仁が皆に明光に出詠するやうにと云ふのは、其歌によつて皆の心の動きを見てよくしてやらうと思ふからである。