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原著名出版年月表題作者その他
神の国 信じきる事 参照文献検索
キーワード: その他
備考: 玉鏡 八幡-P.194 天声-P.113 昭06-11
ルビ付き本文:
王仁三郎資料センター
 
本文    文字数=1273

 神の教をする道場は八衢である。ここで神の話を聞いて神の国に昇ることになる。神による心は即ち天国である。天国は意志想念の世界であるから、仮令間違つて居つても信じきつて居れば、その信じた処に魂が行くから、それ相当の天国に行くことが出来る。どんな教を聞いても、本当かどうかと疑ひ迷うて居つては、天国に赴く事は出来ない。浅い信仰や間違つた信仰を有つた人は、霊界に行つて初めてそれと気がつくのである。如何に徹底した教を聞いても、何処かに腑に落ちぬ所がありながら信仰してゐるのでは、死後八衢に赴き、また迷信でも一生懸命であれば、それ相応の天国に行く。そして天国に行けば、自分の居る団体だけが天国と思ひ、他に大小幾多の団体があることを知らない。
 神に対する智慧証覚の程度によつて、多数の団体があることは霊界物語に示してある通りであつて、同じ団体に居る人の中で、智慧証覚がすすめば、上の階級の団体から迎へに来てそこに赴き、かくてズンズン向上の道を辿るのである。