出口王仁三郎 文献検索
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原著名 | 出版年月 | 表題 | 作者 | その他 |
神の国 | | 忘れると云ふ事 | | 参照文献検索 |
キーワード: その他 |
備考: 月鏡 八幡-P.216 天声-P.64 昭04-05 |
ルビ付き本文: 王仁三郎資料センター |
本文 文字数=1642
古の寛仁大度の君公は其の臣下の過失に対し「今回に限つて何事も忘れて遣はす以後は必ず注意せよ」と言つて其の罪を不問に附したのは神の如き仁慈を以て臣下を愛撫したのである。凡て何事にても忘れるといふ事は尊いことである。自分はいつも各地の信徒から電信や書状を以て「ヤマイキトクカミサマヘオワビタノム」とか又は「今一度本復する様御願被下度」とか申し来るもの引きも切らない状態であるが、自分はその時限りで全然忘れて居るのである。さうすると全快の礼電が来り、礼状が来るが、少しも覚えてゐない。自分が忘れず覚えて日夜祈願を凝らす様では決して依頼者の苦悩を救ふ事は出来ぬ。忘れて遣ればこそ、又依頼者も病苦を忘れて快癒するに到るのである、と話して居る処へ明月が訪ひ来り「聖師様に忘れられては困ります、信徒の中に私も居る事だけは忘れないで覚えて居て下さい。何んだか心細くなります」と云ふ。そこで自分は「よろしい、あなたのそのサツクだけ忘れて上げやう」と笑つたら「どうぞ私の身の上を忘れずに守つて下さい」といつて帰つた。
忘れられる事は誰人もいやだと見えるが、モシも「覚えて居やがれ」と捨台辞〔捨台詞〕でも残された時は余りよい気がせぬものだのに、覚えて居つて下さいと云ふ明月も余り大悟徹底して居ない様にも思はれた。